ワンピースの空白とは日本の空白を伝えるもの。

封印された太陽神ニギハヤヒが

尾田先生に天啓として授けている物語です。

書いている本人すら知らない物語。

その内容をお伝え致します。

まず太字の部分だけを最後まで比較して下さい。

長文なので

全部読まなくて良いです。

一番下の赤字部分は必読となるでしょう。

時系列に沿って書くので

おそらく最初は意味不明かと思われます。

 

 

 

弓月国があったとされる周辺にあるキルギス国。

天山山脈の麓にイシククル湖という湖がある。

100以上の河川が流れ込むのに、

流れ出る河川はない。

塩分を含んでいる。今は。

イシククル湖の湖底には

7世紀から15世紀にかけての住居跡や、建物跡がある。

つまりだいたい

700~800年間分に及ぶ歴史が沈んでおり、

何故か浦島太郎的な伝説が残っている。

 

『イシククル湖の伝説』

ある人が通った時、そこは街だった。

その人が500年後に通った時、街はなかった。

またその人が500年後に通った時、一面は海だった。

これは単純に、地形の変化を示している。

 

 

7世紀

 

『イシククル湖の伝説』は他にもある。

今湖になっているところは美しい平野になっていて、昔幾つかの町が繫栄していた。ある時一人の魔女がやって来て、町の人たちを堕落させた。そして天山山中の町は淫蕩に変わった。腹を立てた神は、一夜にして町を水浸しにし、今日みるような湖にしてしまった

『ワンピース』

巨大な壁が出来て、雨水が溜まったため、山の中腹に新たに都市を作った。と。つまりこの都市の外観は湖上の島のように見える訳だ。

光月トキが生まれたのは800年前。それは1443年に足利義政が将軍に就任した年から見た約800年前。世界政府が樹立(大化の改新645年)した年でもあり、応仁の乱が勃発する前ぶれでもあった。まるで黒墨オロチが就任したかのような。

 

『大唐西域記』

7世紀にイシククル湖を訪れた玄奘三蔵は、熱海ネッカイと呼ばれるその海にと魚が共存していた。と記している。

そして、湖上の島や王宮には触れていない。

 

 

『竹取物語』

車持の皇子が言うには、

天人の服装をした女が山中から出てきて、銀の椀を持って水を汲み歩いています。これを見て、船からおりて、『この山の名はなんと申しますか?』と尋ねました。女が答えて言うには、『これは蓬莱の山です。』女は、『私の名はうかんるり』と言って、すうっと山の中に入ってしまいました。」

 

『竹取物語』

天人の中に持たせている箱がある。天の羽衣が入っている。また一つある箱には、不死の薬が入っている。「天の羽衣を着せられた人は、心が普通の人とは違ってしまうのだという。」

さっと天の羽衣をかぐや姫にお着せ申し上げると、「翁を気の毒だ、いとおしい。」と思っていたことも失せてしまった。

 

『孔雀の舞』

むかしむかし、シプソンパンナというところに、若い狩人がいました。きれいなクジャクが、ぜんぶで七羽、岸辺におりてきました。クジャクたちは着ていたクジャクの羽衣を、さっと脱ぎ捨てました。

「クジャクが羽衣を脱いだとき、その中の一枚をこっそり隠しておきなさい」

「それがないと、クジャク山へ帰ることができません」

「結婚してください」

娘はクジャク山の王さまのクジャク姫という名前でした。

「わたくしは、魔女ではありません。どうして、こんなひどいことをなさるのですか!」

クジャク姫はそれを着ると、しずかに舞いはじめました。

人びとはクジャク姫の美しい舞い姿に、ウットリと見とれていました。縄を持った家来も、いつのまにか縄を離しました。悪い心の人も、清らかな心になっていきました。

 

『竹取物語』

車持の皇子が言うには、

「山の側面をめぐってゆくと、金色、銀色、瑠璃色の水が、山から流れ出ています。川には色とりどりの珠で作った橋が渡してあり、の近くにはきらきら照り輝く木々がたくさんあります。この花を折って持参したのです。」

 

『孔雀の舞』

姫は、おじいさんに自分の金の腕輪をわたして、
「あの方がここへきましたら、これを渡してください」

「これを姫だと思って、持って帰りなさい」
こういっておじいさんは、金の腕輪をくれました。

「どんなめにあっても構いません。わたしは姫に逢いたいのです。」

「そうか、それほど言うのなら、これを渡そう」
おじいさんは狩人に、魔法の弓と矢をくれました。

「途中に、三つの危険なところがある。この弓と矢で乗りこえていきなさい」

こんどは、大きな川がありました。おどろいたことに、川はグラグラと、にえたっているのです。

狩人は目をつぶって、ピューッと、川の中に矢を放ちました。すると、壁のような大波がわきおこったかと思うと、真っ赤な龍がおどりでてきたのです。
「くるしい! 矢をぬいてくれ! おまえのいうことは、なんでも聞くから!」

真っ赤な龍は、尻尾をこちらの岸につけ、頭をむこう岸につけました。これで、ができました

 

『古事記』

スサノオはヒの河でヤマタノオロチ天の川)を退治し、クサナギを手に入れてアマテラスに献上する

 

『竹取物語』

車持の皇子は蓬莱の金銀瑠璃色の川で玉の枝を手に入れてかぐや姫に献上する

 

『浦島太郎』

釣った亀を逃がした翌日。

遙か遠くの海上に、小さい船が一艘浮かんでいました。美しい女性がたった一人、波に揺られながら、次第に太郎が立っている所へ近づいてきて漂着しました。

「ある所へ行くため、船に乗っておりましたところ、折り悪く波風が荒れ狂って」

浦島太郎も気の毒に思い、同じ船に乗って沖の方へと漕ぎ出しました。船から上がって、どんな所だろうか、と思うと、銀の塀に囲まれ、金の屋根瓦を並べ、この女の邸宅はそれ程に見事で。

東の戸を開けてみると、春の景色と思われて、梅や桜が咲き乱れ、南の方を見てみると、夏の景色と見え、西は秋と見えて、一面の梢も紅葉し、北を眺めると、冬の景色と見えて、一面の梢が冬枯れして、枯葉に降りた初霜、真っ白く雪化粧された山々、雪に埋もれた谷の出入り口に、炭竈から昇る心細い煙はまさしく貧しい民の生活で、冬らしい景色であることです。

 

『ワンピース』

ワの国の各郷が、季節で分かれている。

えびす町にて、女の子が井戸から水を汲み、ゾロに飲ませる。

 

『浦島太郎』

「旅の途中、見知らぬ者どうしがたまたま同じ川の水を汲んで喉を潤すことも、前世からの宿命に違いない」

そうして、一生涯の夫婦となる契りを固く結んだ。

「ここは竜宮城と申す所」

あっという間に三年が経ちました。綺麗な箱を一つ取り出し

絶対にこの箱をお開けになってはいけません

「その浦島という人が生きていたのは、もう七百年以上も前のことだと伝え聞いております」(不老不死の薬だった。

浦島は鶴になって蓬莱の山へと飛んで行き

 

『孔雀の舞』

それから空高く舞いあがって、とうとうクジャク山につきました。泉のほとりで、一人の娘が水を汲んでいました
「クジャク姫を、知りませんか?」
「あら、このお水をクジャク姫さまのところヘ、汲んでいくところですのよ」

狩人は、腕輪をこっそり、その水桶の中にいれました
娘は何も知らずに、水を汲んで帰っていきました。
クジャク姫がふと、水桶の中を見ると、自分の腕輪が光っています
「あの方が、来て下さったのだわ!」

 

『古事記』

ここに海神の娘のトヨタマ姫の侍女が玉の器を持つて、水を汲もうとする時に、山幸彦は頸にお繋けになつていた珠お解きになつて口に含んでその器にお吐き入れなさいました。しかるにその珠が器について、女が珠を離すことが出來ませんでしたので、ついたままにトヨタマ姫にさし上げました。そこでトヨタマ姫が珠を見て、「門の外に人がいますか?」

海神はやがてその女トヨタマ姫を差し上げました。そこで三年になるまで、その國に留まりました。

 

『竹取物語』

かぐや姫は、「車持の皇子には、東の海に蓬莱という山があり、そこに銀を根とし金を茎とし白い珠を実とする木が立っているといいます。それを一枝、折ってきて頂きましょう。と言う。「大伴の大納言には、龍の頸に五色に光る珠がありますから、それを取ってきて下さい。」と言う。

 

つまり、山幸彦が龍であるということになる。

山幸彦は天皇家の御先祖様。それが龍だというのだ。

古事記に龍という名称が登場しない理由が、これで明らかになる。

 

『竹取物語』

このように、お心を互いにお慰めになるうちに、三年ほどがたって、春のはじめから、かぐや姫は、月が趣深く出ているのを見て、いつもよりも思いにふけっている様子である。

「どうして月を見ないではいられましょうか」

月の出るころになってしまうと、やはり時々はため息をつき、泣きなどする。

「打ち明けてしまうのです。私の身は、月の都の人です。それを前世の因縁があったことによって、この世界に参上したのです。今は帰るべき時になってしまいました。」

その後、翁と媼は血の涙を流して思い悩んだが

 

『古事記』ヤマトタケルとミヤズヒメ

 

ヒサカタノ 仰ぎ見る

アメノカグヤマ 天香久山

スソに月タチニケリ 裾に月経の血が付いていますよ

 

『古事記』

垂仁天皇と炎の城中に消えたサホ姫

「錦色の小蛇がわたしの頸に纏いついた。」

稻の城を作つて待つて

またお愛し遊ばされていることがもう三年も經つていたので、

「もしこの御子をば天皇の御子と思しめすならばお育て遊ばせ」

またその皇后に「あなたの結び堅めた衣の紐は誰が解くべきであるか」

「兄姫エヒメ・弟姫オトヒメ

 

『旧約聖書』創世記第24章

アブラハムのしもべの前に、水を汲みに来たリベカが現れる。しもべはリベカに、金の鼻輪と金の腕輪を渡している。リベカは「ちよろずの母」として祝福される。これが日本では「やおよろずの母」となるので、彼女の子供ニニギ以降が八百萬であり、彼女以前が百八である。八百萬と百八。

 

ここまでで、

愛し合う二人がいて、彼らが暮らしたのは3年だった。

ということが分かる。

 

 

3年後

 

 

『イシククル湖の伝説』

湖のある場所に都市があった

住民は特別な性質を持つ井戸を使っていた。

水を汲みだした後は必ず鍵を掛けるか、

重い石を乗せる必要があった。

一人の少女が壺に水を満たした

その時彼女の恋人が近づいたので、二人は話に夢中になり、井戸に鍵を掛けることを忘れた。

そのうち水が井戸からあふれ、都市と谷を埋めた。

 

これを天の川としてるっぽい。

 

『古事記』

ヤマトタケルはオトタチバナヒメの入水により、渡れなかった海を渡った。浜に流れ着いたのはヒメのクシだけ。

スサノオはヒメをクシに変えて、ヤマタノオロチ(天の川)を倒した。

イザナギはスサノオに言う「海上を治めなさい」

スサノオは母に会いたいと泣く

スサノオはアマテラスのお召しになる服(天の羽衣)を作っている機織女の邪魔をする(狩人はクジャクの羽衣を隠す)

オオクニヌシは浜でウサギ(亀)を助ける

 

『七夕物語』

貧しいけど働き者の若者「牽牛」のもとに美しい娘「織女」が現れます。夫婦となって数年たったある日、「織女」は突然、天に呼び戻されてしまいます。実は「織女」は天帝の孫娘だったのです。ようやく、天に昇り「織女」との再会を果たしますが、天帝の后がふたりの仲を裂くように天に一筋の線を引いてしまいます。これが“天の川”となり、ふたりは離れ離れになってしまいます。
一年に一度、七月七日の夜にだけ会うことが許されますが、その日は、何千万羽というカササギが飛び交い、天の川の上に橋を作り「牽牛」と「織女」はこの橋を渡り落ち合うといいます。

 

こうして最初の都市が湖に沈み、山の中腹に新たに都市・王宮を築いていった。ここまでが、ギリギリ古事記や昔話に書ける年代。

 

 

800年後 15世紀

 

 

『浦島太郎』は700年以上後の国へ帰って来た

 

14世紀のチムールの時代、イシククル湖上に島があり、王宮が築かれていた。とある。

 

『ワンピース』

ワノ国に帰って来たおでんと時間を超えるトキ

 

『古事記』

ヤマトタケルは尾津の埼の一本松のもとに辿り着く

ヤマトタケルは白鳥になって飛んで行く。こんな歌を残して。「ヤマトは国のまほろば」

 

『浦島太郎』

乙姫は「この箱を絶対に開けてはいけません」

「その浦島という人が生きていたのは、もう七百年以上も前のことだと伝え聞いております」(不老不死の薬だった。

一本松の木陰で呆然とする

浦島は鶴になって蓬莱の山へと飛んで行き。

(鶴の寿命は千年である。)

蓬莱の山とは紀州(龍神村。熊野。吉野。高野山。大峯山などあの辺の山全部。多分空海は知っている。)

 

『塩ふきうす』

情深い弟が思いのままの物が出てくる臼をもらう。 欲深い兄がそれを奪って舟で逃げ,臼をひいて塩を出すが,止め方(左に回す)を知らないので塩が舟にあふれて沈没。この臼が今も止まっていないので、海の水は塩辛い。

 

実はイシククル湖には塩分が含まれる。

 

『レムリア大陸』

大陸が沈むその中で、

皆が歌いながら海に沈んだのだそうだ。

記録にはなく、記憶の中にあるというレムリア。

イシククル湖に沈んだ弓月国。

 

『ワンピース』

Dは笑いながら死ぬ。能力者は海が苦手。

 

『火の鳥』

愛し合う男女は生き埋めにされても歌い続けた。

 

『風の谷のナウシカ』

クシャナは蟲に襲われながら子守唄を歌った。

ナウシカは青い衣を着て金色の野に降り立つ。

クジャク姫が舞うのと近い。

発達した文明は1000年前、炎の7日間で滅亡。

 

『天空の城ラピュタ』

ラピュタが崩壊する中で、合唱になってゆく。

ラピュタ文明が滅んだのは700年前。

 

 

いずれにせよ、この男女は時空を超えて、いつかまた結ばれるという形になっていると思われます。

 

牽牛と織女

かぐや姫と帝

浦島太郎と乙姫

狩人とクジャク姫

山幸彦とトヨタマヒメ

スサノオとクシナダヒメ

ヤマトタケルとオトタチバナヒメ

垂仁天皇とサホ姫

おでんとトキ

ルフィと??

イシククル湖の男女

 

この男女の物語は

弓月国からもう一つの月「日本」へ

時空を超えて再会する物語。

渡れるはずのない「海」を渡ったのだ。

渡れるはずのない天の川を。

 

なぜならイシククル湖は海とつながっていない。

渡った先は

蓬莱山。天のカグヤマ。竜宮城。孔雀山。

すべて紀州熊野を指す。

 

この二人は確かに罪を犯した。

竹取物語の中で

かぐや姫が前世で罪を犯したと

述べられるのも。

その罪はもう赦された。と

述べられるのも

やっと分かった。

 

ヤマトタケルとスサノオが老人をみやっこに任命したのは、血の涙を流した翁へのせめてもの恩返し。

 

救われた男性が631年に人質として渡来したフヨホウショウだとすると、アメノヒボコ。赤玉から生まれたアカルヒメ。転生して出会ったと考えられる。

井戸が湖を作った時代はこの辺りであろう。

玄奘三蔵が通ったのはその直後。

面白いことに二人はとても近い時代にイシククル湖を見て、その後中国と日本を目指している。もちろん同一とは流石に考えにくい。ただ、玄奘三蔵法師の名付けた熱海ネッカイが静岡県の熱海アタミの語源ではあろう。イシククル湖の男女を伊豆山神社の赤い龍と白い龍として祀ったのだと思われる。

 

レムリア。

青い石。蛍の光。愛と平和。

井戸には鍵が必要だった。水門?

左に回すと止まる石臼のようなもの?

レムリアの記憶によると、歌った曲は

蛍の光だそうだ。

 

最終的に曲でつなげる。

いいな、これ。

ヤマトは国のまほろば。

 

そっか!

白鳥になったヤマトタケルを

追いかける人たち。

草に足をやられ、海を越えて

浜に辿り着く。

天皇家の葬儀に歌われる四つの歌。

 

ずっと謎だった古事記の文章。

これ!

弓月から月国へ渡った歌なんだ!

今度これも乗せておきます。

 

イシククル湖は海とつながってないから

飛ぶ必要があった

ヤマトタケルが白鳥になって飛んだのも

浦島太郎が鶴になって蓬莱山へ飛んだのも

狩人が大鳥に乗って孔雀山へ向かったのも

車持の皇子が嘘の世界で蓬莱山へ行ったのも

シータが空から降りて来たのも

飛行石が青いのも

天空の城が飛ぶのも

 

裏を返せばこの二人を

天皇家の御先祖様として迎えたことになる。

月に帰ったかぐや姫を

アマテラスとして。

弓月国の子孫である秦氏を迎えたと。

変更内容を構図で言えば

 

アブラハム・サラ

キリスト・マリア(アメノヒボコ・アカルヒメ)

 

赤鞘九人はダン族を含めて十支族。

ヤマタノオロチとの戦いや

大化の改新ユダ族との戦いと見て良いでしょう。

うち1部族は裏切った。

おでんは死ぬ時に赤鞘たちをかばって逃がした。

彼らが二つの月を渡るのを手伝ったのが光月トキ。

全部がつながるはず。

 

湖に浮かぶ島を祀るのも

海に浮かぶ島を祀るのも

全部レムリアの記憶。

祀っているのは弁財天。またの名をイチキシマヒメ。サヨリヒメ。水の女神サラスヴァティーであり、アブラハムの妻サラ。御真言はおんソラソバテイえいそわか。三回唱えるとは、サラスヴァティーの名前を三回呼んでいること。また、十支族によりサラは水の神・瀬織津姫として祀られていた。が、645年の大化の改新以降、水の神・市杵島姫へ変更されている。ユダ族がレムリアの女性を水の女神として祀りたかったからだ。なのでイチキシマヒメのまたの名は、アカルヒメ。トヨタマヒメ。乙姫。織女。かぐや姫。クジャク姫。クシナダヒメ。オトタチバナヒメ。サホ姫でもある。そして光月トキ。彼女らは水・白蛇・龍・カササギ・不老不死などに関与する。

古事記に登場する人物名を数えれば七。神宮皇后を合わせて八。これが八臂辯才天の由来であろう。

井戸の鍵を忘れた女性の名前は多分、?????。

 

井戸となっているが、イシククル湖に流れ込む

100本以上の河川と見ても良い気はする。

ワノ国に滝のように水が流れるイメージとも合う。

淡水とかも。

仮に645年に井戸から水が溢れて湖となり、

湖上の島で都市を形成し、

800年後の1443年に、島が沈んだとし、

その記憶を持つ人が今の日本に生まれるとしよう。

発掘された遺跡の年代とも合致している。

日本に渡来した秦氏は弓月の君を名乗った。

弓月の君の子孫である秦氏が

今の日本の祖先なのは古事記に書いてある。

もしかしたら

「うかんるり」はヘブライ語なのではないか?

 

『キルギスの伝説』

「太古、キルギス人と日本人は兄弟民族であったが、魚の好きな人々が東に去って日本人となり、肉の好きな我々は残った。」

 

『竹取物語』

天の羽衣をかぐや姫にお着せ申し上げると、「翁を気の毒だ、いとおしい。」と思っていたことも失せてしまった。

 

『古事記』

垂仁天皇と結婚した迦具夜比賣命とは、月に帰ってからのなよ竹のかぐや姫。つまりその後です。なよ竹のかぐや姫が帰った月の国とは、日本のこと。そして彼女は、ある意味、時空を超えて好きな帝と結婚出来たとしている。竹取物語とは古事記を含めてのハッピーエンド。月に帰ったかぐや姫とは、天の羽衣を来たアマテラス。

 

巨大な壁

天山山脈そのものを指すと考えた場合。

隆起は中生代。

2億5217万年前から6600万年前。時代が異なる。

 

モーセの石板2枚

ロードポーネグリフ4枚

「800年前のリリィの大失態」から考えられること。

モーセの石板は2枚とも割れている。

①リリィが割ってしまった

②陸路と水路で2枚ずつ持って移動したが

リリィが井戸の水の件で失敗し、弓月国の湖底に沈んだ。

イム様の台詞からだと、リリィの大失態のせいで世界中に散らばったとあるので①が濃厚。

いずれにしても

一枚はイシククル湖の湖底に沈んだ。

一枚はゾウの国。ズニーシャ。罪を犯したので歩き続ける。

一枚はビッグ・マム。これは瀬織津姫で伊勢神宮で良いと思います。

この三枚は

ニギハヤヒ(ルフィ)が場所を知っている。

一枚は魚人島。竜宮城。紀州熊野。26年前?ロジャーの時にはあった。

 

分かって来た。

現実の歴史が。

 

カイドウに挑んだおでんと赤鞘9名はダン族を筆頭にした10支族。うちレビ族が裏切った。イスラエルでの出来事である。契約の箱に2枚の石板(不老不死の薬・十戒・十種の瑞宝)を入れて旅立ったはずだった。

彼らにはルールが与えられた。契約の箱を開けてはならない。玉手箱を開けてしまうと不老不死の効果が切れるというのは、中身は入っていないということを知ってしまうということ。

契約の箱を持って海へ旅立った10支族とは別で、陸路を選んだのは、ユダ族イムを筆頭にした12部族。

彼らはイシククル湖付近で高度な文明である弓月国を築いた。どれくらい高度かと言うと、石を加工出来る。石の波動を利用出来る。(ラピュタ文明)

つまり2枚の石板はそれぞれ半分にカットして別の形に変えている。

彼らが使用していた井戸が、鍵をかけるや石を乗せる。程度で噴出を抑えられるのは、波動。つまり電気的なものを利用した力。

レビ族のリリィが、井戸に鍵をするのを忘れて、弓月国は湖につかる。これが地下のワの国。レムリア。沈みながらみんなが歌った蛍の光。これは古事記で、天皇が亡くなる時に歌う歌と書かれている。古事記や昔話が、なぜ最後に鳥になって飛んでゆくかというと、イシククル湖と日本は、海でつながっていないからである。

湖の中央に残った山の中腹には、新たに王宮を建設している。これが島に見える訳だ。地上のワの国である。

それぞれ半分にカットした4つの石板の形は、おそらく月と月(合わせて太陽)。この発想は太陽の子エステバンで語られた。確か私の記憶では。

2つはワの国の地下。つまりイシククル湖に沈んでおり、1つはズニーシャ(イシククル湖の龍キルギスドン)が持っている。

この弓月国から一部の12部族は東へ移動し、秦と言う国を形成し、中国を統一した。

さらに朝鮮半島の百済を形成し、日本へ渡る。

ユダ族イムを筆頭にしたイスラエル12部族+弓月族+秦族+百済族=15 人の王(あと5で20の王)は、巨大な王国イズモを築いた10支族と争って勝った。

10支族を裏切ったレビ族(カン十郎)を使い、伊勢神宮を祀る(契約の箱に入れた石板を祀る)。この役がレビ族でなければならないのはイスラエルの決まり。

レビ族を信用していた。だがこの時、伊勢神宮を祀る大役を任せられたトヨスキイリヒメは、残り2つの石のうち一つしか祀らなかった。残りの一つは八咫烏が持っている。

麦わら帽子は???(伏せます)を演じるものが被る。

ゴムゴムの実を奪ったシャンクスが被る予定だったが、ルフィが実を食ってしまったので、彼に麦わら帽子を預けた。

現存する石板とは、八咫鏡よりも勾玉である可能性が高い。

ワの国の開放で壁を壊すとは、イシククル湖の水を引かせることなのか?この説を元に、イシククル湖から勾玉が出れば、それなりの説得力はあると思う。

湖の中に新たに作られた王宮いわば第二レムリアは、これとは別の時代に湖に沈んだ。(湖底に見付かった遺跡から応仁の乱1467近辺と考える)

645年に沈んだレムリア。これを偲ぶためか、島を大事に祀る傾向が強い。

日本三大弁財天も

江の島、宮島、竹生島。

他にも蕪島、竹島、沖ノ島、壱岐対馬、金華山、佐渡。とにかく島。

勾玉2つで一枚の石板。これを絵に表したものが、百済経由で伝わった陰陽師。陰陽五行や易・風水である。

陰陽師と言えば藤原家。つまり中臣鎌足。フヨホウショウだ。祓戸四神も中臣祓詞。

10世紀ごろ活躍したのが賀茂家(レビ族)と安倍家(晴明)。602年に百済から渡来した弥勒ミロク。

征夷大将軍坂上田村麻呂とかも。

そっか。藤原家の始祖フヨホウショウ。アメノヒボコがイム様なんだ。ワンピースで言うところの800年前とは、ワの国(月の民・日本)では大化の改新645年。イシククル湖ではレムリア(弓月国)が沈んだ(ワの国の地下都市)。645年唐に帰国した玄奘三蔵法師が湖の竜を見ているので、沈んだのはもう少し前。

800年後とは1441年の赤松(おでん)による足利将軍暗殺に始まり、26年後鬼ヶ島への討ち入りは応仁の乱1467年。

二人の男女はこんな約束をしたんだと思います。

「もう一つの月で逢おう」

トキは800年前の沈む弓月国から月の国日本へ飛んだ。

かぐや姫も羽衣を着て、月の国日本へ旅立った。

ナウシカは文明が滅んだ1,000年後に、青い衣を着て金色の野に降り立った。

浦島太郎は700年以上生きたあと、鶴になって飛んだ。

天空のラピュタ文明は700年前に滅び、シータは空から落ちて来た。青い飛行石を身に付けて。

狩人はクジャク姫へ会うために、大きな鳥の背に乗った。

ヤマトタケルは白鳥になって飛んでいった。

牽牛と織女は、天の川を越える。

スサノオはクシナダヒメを守るため、天の川(ヤマタノオロチ)を倒す。

ブルーウォーターを持ったふしぎの海のナディア。

キキは飛び方を忘れる。

千尋の神隠しはトンネルを抜ける。

「神隠し」!!思いっ切り言っちゃってる!!!

ニギハヤヒと瀬織津姫を隠したことを!

五月とメイもそう。トンネル。

飛べない豚はただの豚。

全部きっと隠された神様が教えてくれていたんだ。

そうなるとワの国の開放に必要なプルトン、巨大な壁の破壊とは、私たちに生まれた固定概念の破壊なのではないだろうか?

レムリアの人間たちはテレパシーを使えた。前回の記事でも書いたが、テレパシーとは電波や音波という波動の送受信。現代の科学で解明されているにも関わらず、理解が追い付いてないだけの話。テレビやラジオとまったく同じ原理。だからチャンネルを合わせる。周波数を合わせる。アンテナとは自分の精神状態。網膜や鼓膜を介さずに、脳で直接見聞きしている。簡単に言えば、視える人とは、本来持っていたテレパシーの能力を思い出した人。言葉や文字の発達により衰退したその波動の力を、固定概念の破壊によって、取り戻すこと。

そっか。宇宙戦艦ヤマトの波動砲。プルトンは戦艦ヤマト。

 

神様が日本発信で世界を変える。もうすぐ地球の次元が変わる。そう仰っていたとするのならば、電力ではなく波動エネルギーの到来を指す。レムリアで使用されていたワープが現実のものになる。ちなみに、波動の動力源は月。ミンク族と言えば分かるでしょう。


きっと思うはず、ではなぜそんな高度な文明が滅んだのか?と。これはきっと簡単です。早すぎた。もしくは行き過ぎた。


神様がわたしたちに波動の力を思い出させようとしているのは、波動砲やワープを使用させるためではない。祈ることを今一度思い出して欲しいから。祈りとは感謝です。太陽と月と星に感謝し、草木に感謝し、海に感謝し、山や川に感謝してくれていた、あの純粋な心に戻って欲しいから。きっとそう。そしてそれがすべてです。


神は一つ。すべての宗教はその神によって与えられたもの。側面の如きで争ってはならない。各々の側面の良さを分かち合え。すべての人間にはかけがえのない意味が平等に与えられている。優れた国家・優れた民族・優れた人物など一人も存在しない。


主であり、天之御中主神であり、ヴィシュヌであり、毘盧遮那仏である神様の教えをお伝え致しました。


伝えてくれたのは隠されたニギハヤヒ、瀬織津姫です。

どうぞこれを拡めてください。

読んで下さった皆さん。

そして龍神様。ありがとうございました。

瀬織津姫。瀬織津姫。瀬織津姫。

マリア。マリア。マリア。