ともぐい [ 河崎 秋子 ]

日露戦争が始まろうとしている時代の北海道の山中で狩猟をしながら自然のままに孤独に生きている男が
熊との闘いを経て、「自分は何か」見失う。
猟師として生きるには死闘で負った怪我の後遺症のために難しい。
そんな中で、人里で生きる選択肢を得て、ますます山中で獣と同化するように暮らしていた自分の感覚などは薄れていく。

主人公の熊爪の野生的で、一般的な人里に暮らす人間とは異なる思想や思考は、
北海道の大自然の中に溶け込み、
死生観も人のそれとは異なるものと読み取れます。
野蛮とか、そういう類のものでなく、
必要か、そうでないか。
自然の営みで、生きていくために必要で、そこに感情はありません。
北海道の雪原の描写が多く、研ぎ澄まされ、曇りのない熊爪の思想が北海道の凍てつく雪景色と調和しています。

しかし、熊爪は思考するヒトでした。
生きることに執着し、自分がこれまで対峙し、殺してきた獣たちとは異なることに気づきます。
「はんぱもの」になったと自分自身を捉えます。

登場人物のうち、狂っていないのは赤子と、獣、丁稚だけでした。
それ以外はみんなどこかおかしい。
それが、「ヒトってなんだろう。」
そんな疑問を私に投げかけます。

盲目の少女を自分のものにし、
はんぱもの同士、山中でひっそりとヒトとしての暮らしを得ようとします。
これまで思い描いたことのなかった将来について想像するようになりますが、
どこか煩わしさを感じます。
それなりに幸せなのではないかと感じ取れるような描写もありますが、
「幸せだと思い込もうとしている熊爪」という印象です。
どうしたってはんぱものなのです。


美しい自然と、生き物の命の尊さも感じながら、
生きることってなんだろう?生きることって、やっぱり苦しみなの?
という考えがよんでいる間ずっとぐるぐるします。
命の上に自分の生が成り立っていることを忘れるなというメッセージを、私は受け取りました。