ふたたび料理について。

女性の場合、普段料理をしない人でも、野菜を切ったり魚を焼いたりと基本的なことはこなせる場合が多い。しかし男性は違う。男性が「料理をしない」と自己申告したとき、それは「基本も何も全く知らない」と思った方がいい。ひとり暮らしの経験があれば電子レンジの使い方くらいは知っているだろうが、それ以降は絶望的だ。米を炊くことはおろか、「炊く」と「蒸す」の言葉の違いすらもしかしたら分からないかもしれない。

理由は単純。男性は狩りをする役、女性は家を守る役だからだ。女性はいくら口では「料理嫌いだから」と言っても、結婚をすればかなり高い確率で自分が料理する側になることを知っている。だから無意識的に料理を体得する。小学校の家庭科の授業や、母親が料理をする様などからコツコツと料理の基礎を学ぶのだ。そして男性は女性のこのような影の努力によって、料理の必要性を感じない日常を送っている。

ということは「料理ができる男」とは一体何なのか。

その前に、料理ができる人に対する一般的なイメージを男女別に考えてみよう。まず女性の場合、料理ができると聞けばまず家庭的で優しく慎ましやか、思いやりがあり牧歌的な女性をイメージするだろう。作るのもきっとクリームシチューやけんちん汁やロールキャベツなど、お腹にやさしくあたたかいものが連想される。まさに「おかあさん」の象徴である。

対して男性はどうか。料理のできる男性といえば、気難しく几帳面、完璧主義、襖に溜まったホコリに文句を言う、冷めたご飯は食べない、やたらと理屈をこねる、とあまり良い印象は思い浮かばない。作るものも、中華や韓国料理など辛いもの、炒めものや油もの、魚より肉、など身体によさそうでないものを好む気がする。職業でいえば漁師のような、職人気質の人。

そう。男性の場合、必要性から料理を学ぶというよりは、「自分が好きな味は自分にしか出せない」であるとか「他人が作る食事は信用できない」といった、何かしら「外部への不信感」と「自分への自信」から料理をするように感じられるのだ。だから料理をする男は何となく、怖い。

今までに何人か「料理ができる」と自称する男と付き合ったことがあるが、彼らの前で料理をするのはやりにくいことこの上なかった。私のつたない包丁さばき、目分量の味付け、杜撰な素材管理、そういうものが全てチェックされていると思うと、恐ろしいではないか。

それよりは、調理の技術も細かい味の違いも分からない男に料理を作る方が遥かに楽しいし、楽だ。自分で料理を作らない男は食べ物にこだわりがない場合が多い。何を食べてもおいしい。であれば、愛しい女が作ってくれたというだけでそれは極上の食事なのだ。レトルトのカレーもご馳走なのだ。それがいい。そのくらいゆるい方がいい。

あくまで、ダメ女の一意見に過ぎないのであるが。