良い親に恵まれる者もいれば、恵まれた容姿に生まれる者もいる。環境が人を作るので有れば今の自分になったのは生まれた時からの必然だったのかもしれない。
私の母は6人兄弟の長女で1番歳上である。母は兄弟の中で1人だけ母親が違い若い頃は別の兄弟と随分差別され虐められたらしい。それを助けてくれなかった父に対しても不満を抱いていたようだ。
という事で私の祖父は私と血が繋がっているが、祖母とは血が繋がってない。二人とももう亡くなってしまったが。祖母は農薬を飲んで自殺した。葬式の時に母は泣いたが悲しさからではなく過去を思い出し悔しさからの涙だったらしい。
母は健在だが、ただひたすら我慢の人生だった。私の父はヤクザで私が小さい頃は母は暴力を振るわれよく泣いていた。最後は別の女を作って出ていった。
私は母に「生きる事は我慢する事だ」と言い聞かされ育った。私の反抗期は長く激しくそれを受け入れる事はできなかった。母は自分で言った通り我慢したのだろう。最後まで見捨てず私を愛してくれた。
それでも結局私もヤクザになって昨年に足を洗うまではデタラメな人生を送ってきた。唯一父と違ったのは母と姉との女家族で育ったからだろうか?女性に手を挙げたことはないくらいだ。
刑務所暮しや色々なストレスで精神を患った私は生活保護で生活しているが、指も4本落としているし刺青も入っている。履歴書には書くこともないし結局ヤクザしか出来ないのだが、母にこれ以上心配かけたくないし、私自身残りの人生は穏やかに生きて行きたい。だからひきこもっている。
私がこうなる事は母の生い立ちから既に必然だったのかもしれない。
話は変わるが私の知り合いに小さい頃に両親を無くしフィリピンの親戚に引き取られ育った人がいる。子供の頃から毎日ゴミの山から使える物や金属などを集め金にする生活を10年以上続けたらしい。日本に返ってきた経緯はよく知らないが最初は日本語も忘れてしまい大変だったようだ。
だが本人はさして自分が不幸だとは思ってないようだ。学校すら行ってないのだから仕事も限られる。建築関係の肉体労働をしている。
あまりに環境が違いすぎて人と自分を比べないのだろう。卑屈になる事も周りに嫉妬する事もなく今の自分に満足し人生を楽しんでいるように見える。
どう足掻いても不公平はなくならないし嫉妬は負の感情の中でも強い感情で囚われているうちは幸せにはなれない。
私自身メンタルな事は器用ではないので、ひきこもり俗世とあまり関わらないことで自分の余生のような人生を楽しめているのかもしれない。仙人といえど人だから時にはネガティブになって凹む事もあるのだが_(꒪ཀ꒪」∠)_
という事で来週から2週間~1ヵ月入院するので暫くブログはお休みします(;・∀・)




