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コモトルティンのひきこもりブログ

(ダークなネタ多いので注意)私の世界観や思う事を徒然と書いていきます。「こんなやつでも楽しく生きれるのだ!」というのが伝わればよいかと。1日1回は更新予定。よろしくお願いしますm(__)m アメンバー限定記事更新予定(闇社会話☣)フォローして頂ければ幸いです。

子供の頃は体験する事のほとんどが初体験でちょっとした事でワクワクする。ただ夜更かししたり、友達の家に泊まりに行ったり色々だ。

大人になって歳をとると共にそういったワクワク感は薄れてしまう。人は何事にも慣れてしまうのだ。こういうと不思議に思う方もおられると思うが、私がここ10年で1番心踊りワクワクしたのは「ただ夜の街を歩いた」というごくありふれた事だった。

ここからは刑務所の話。と言うと落ちがわかる方もおられるかもしれない。まあそれでも書くのだが。
刑務所はとにかく自由が少ない。しかしそんな中でも見栄をはれる所がある。持ち物には「私物」と「監物」というのがあり、お金があれば自分で「私物」を購入する事が出来る。お金がない人は監から支給される「監物」を使っている。刑務所の中はとにかくホラ吹きが多い。だからお金も私物も持ってない人はホームレスだと思われ何を言ってもホラ話だと思われる。という事で、子供みたいな話だが「記念切手」や、冬などは、刑務所に来てからでは購入できない「ヒートテック」などをみんな自慢する。確かに持っていると誇らしいし、人のを見ると羨ましい。
普段の生活にしても夕方に刑務作業が終わり工場から監房に帰ってきたら外に出ることは出来ない。夜も9時には就寝。年に1度大晦日に除夜の鐘がなる深夜まで起きてていい日が1日だけある。正月用のお菓子も支給されてるから夜更かしして紅白歌合戦を観ながらお菓子が食べれる。こんな事にみんな心踊りワクワクするのだ。

刑務所に入るとみんな少なからず「子供返り」するのだ。出所する前などは修学旅行の比ではないほどドキドキし、1週間は眠れない。

そしていよいよ出所。この時点であらゆる意味で「初心」なのだ。ただ外を自由に歩いたり、コンビニに入るだけでドキドキワクワクである。特に夜の街を歩くのは子供が初めて夜の街を歩くのと大差ないほどのワクワク感だ。

しかしそれも束の間、一月も経つとワクワク感もなくなり反省した事も忘れ、色んな事が当たり前のように感じるようになる。出所した時の「初心」を忘れない事が出来れば、ただ夜に外で月を見るだけで幸せを感じるような日々を送れるのに…
難しい事ではあるが初心は忘れたくないものだな…

病院の待ち時間が長いので書いたブログ

 1589年豊臣秀吉を誹謗中傷する落書きがされた。秀吉は警備担当17人の鼻と耳を削ぎ落し処刑。犯人隠匿の名目で無関係の者まで含め60名以上を磔にした。

 江戸時代には斬り捨て御免というのもあったようだが、現代日本では「名誉棄損罪」や「侮辱罪」というのがあるらしい。しかしだいたが被害届を受理されなかったり、民事では金がかかる。あまり一般庶民を助けてくれる法律ではないかと。

 

 6年ほど前果物ナイフで腹を刺された。相手は私がいたところの相談役で70歳近い人である。

 ある時相談役が「どうしても金が要る」と泣きついてきた。その時は私もあまり余裕は無かったが、頼られるとなかなかNOと言えない私。期日を決めて金を貸したが期日が来ても連絡が取れない。返す金がなくても電話一本入れて誤ってくれればそれでよいのだがそれがない。

 その後、相談役をみつけて人前で罵倒した。相談役が果物ナイフを出したのでさらに頭にきた私は「刺すなら刺さんか」といきり立って向かっていったらぶすり。

 その後の話を書くと長いのでこの件につてはここまでだが、要約すると非は向こうにあるのだが「人前で罵倒し恥をかかせた」というのがやはりよくない。

 

 何が言いたかったのかというと、「人という生き物はプライドを傷つけられるという事がいかに苦痛で耐え難いものなのか」いう事である。どこにでも無神経な奴はいるから難しいが、なるだけ相手の考えや気持ちは尊重しようと思う。やられたらやり返すけど(´﹃`*)

  物事には色んな捉え方がある。

 

   最近耳にした言葉で「永遠の愛は無い」というのがある。私もそう思う。愛だけではなし、今までにどれだけの人と出会ってきただろう。長く続いた関係もあれば一瞬だったものもある。「必ず別れがある」のなら長い目で捉えれば「全ての出会いは一期一会」なのだろう。捉え方の話に戻ると「愛」という事に関して話せば「何時か終わるのだからくだらない」と捉えるもよし「何時か終わりが来るだろうが今愛している気持ちは真実」と捉えるもよし。

 

   人の心は移ろいやすい。人の優しさも「どうせ今だけ」と捉えるもよし「今の一瞬だけでも優しい気持ちがあった」と捉えるもよし。

 

   愛という大層な話でなくても人との出会いに対して「今だけの関係でもこの一瞬も人生の1部なのだから大切にしよう」と捉えれたられるよう心がけれればと思う。

 

   「一期一会の繰り返しが人生」ならば長い目で見ると出会った人への心の持ちよう(捉え方)で何時か人生を振り返った時に「良い人生だった」と思うような生き方も出来るのかもしれない。物事はなるだけ良い方に捉えましょうと言う話。

   物事は始めが肝心というが私も大体の物事はそうだと思う。

という事で初ブログ。

   せっかく初めたブログなので飾らず赤裸々に書いて行こうと思う。別に自殺願望があるわけではないが、さしてこの世に未練があるわけでもない。人が生きる意味や生きて来た証などに価値はないと思うが、何時死ぬかもわからないし、私の生きた人生日記とこれから歩む道の足跡になればよいかと。矛盾した事を言ったような気もするがまあ良しとする。

   

   私は2018年4月に反社会的勢力から脱退し東京に上京した。誰も私を知らない所で残りの人生を穏やかに暮らすためだ。言葉を濁しても仕方ないから簡単に言ったら去年ヤクザを辞めて東京に来たのだ。

 

   何故ヤクザになったかと言ったら世の中は理不尽で溢れている。どの会社に行こうが縦社会があり理不尽な事を言われる事が多い。

   ヤクザだった人間が言うとおかしく感じる人もいるかもだが、私は正義感が結構強い。自分に対しても他人に対しても理不尽なものを見ると我慢ならない。特に若かりし頃は血気盛んであった為理不尽に対して暴力で対抗する事がよくあった。どんなに理不尽だろうが暴力を振るった側が悪、と言うのが今の日本の在り方。という事で当然私は社会不適合者になる。そういう社会に適合出来ないからヤクザになった。

   私が若い頃は「パワハラ」という言葉は聞いた事がなかった。今でも実際は人間関係のトラブルを避けるためにパワハラ的なものに対して黙し我慢してる人が多いのでは無いだろうか?

 

   えーだがヤクザの世界が理不尽ではないかと言ったらやはり理不尽(笑)だが若かった私は自分の親分に対して憧れをもっていたからやってこれた。どこかで聞いた言葉だが憧れは理解からもっともかけ離れた言葉だそうだ。憧れに近づこうと沢山の修羅場をくぐったが、あまりに過酷だったせいか、若い頃憧れていた物になれたと感じた時には、すでに憧れに対する魅力も興味も失っていた。

 

   長くなるから省略するが最後は若頭でもうすぐ組長という所まで行ったがヤクザの世界は言葉通り「一寸先は闇」足を引っ張り蹴落とし合いが日常の世界。うまいこと「絵を描かれ」ハメられて挫折。鬱のせいかあまり欲が無くなった私はめんどくさくなり足をあらった。そして東京というのが一連の流れ。

 

   ヤクザブログにする気はないのでここまでは自己紹介だと思ってください。

今日はここまで