【振り返り⑧】海外転職で経験した壮絶なしごき!! | 元海外営業トリリンガル母、8年間の専業主婦生活を経てトレーナーデビュー☆☆☆

元海外営業トリリンガル母、8年間の専業主婦生活を経てトレーナーデビュー☆☆☆

産後の心身の不調、体型崩れを劇的に
解消してくれた筋トレにハマり

◆子供と走り回れる元気なママ

◆人生100年を健康なままフィニッシュできる人

が一人でも増えるよう
楽しい×フィットネスをお伝えしていこうと思っています!

どうもパー地方在住専業主婦のモコですウインク

 
 
 
産後の心身不調を劇的に
回復させてくれた筋トレにハマり
現在フィットネストレーナーとして
起業準備を進めています!
 
 
自己紹介のために
振り返りストーリーを綴っています。
最初から読みたい方は
コチラからどうぞ↓
 
 

 

 
 
 

 

 

 
 
海外で働くなら親子の縁を切る!
と父に言われても
しつこく食い下がって
ついに同意を得た私。
 
 
 
 
次は
 
当時在籍していた会社の上司と
退職時期を相談。
何もできなかった頃から
とてもお世話になったので
十分な引き継ぎ期間をとって
出来るだけ跡を濁さないよう
配慮をした上で退職。
 
 
 
 
引き継ぎ期間中に同時進行で
シンガポールのエージェントとやり取りし
目ぼしい企業数社に書類を提出。
 
退職直後に渡星(シンガポールに渡り)し
滞在期間に数社と面接をしてもらい
2社から内定を無事ゲット!!
そのうち1社の内定を受けることを
決めて帰国
 
 
 
就労ビザがおりるまでの間
引っ越し準備と
現地での住居を探しながら待機し
ビザがおりたとの連絡を受けて再度渡星!
 
 
 
………
 
 
 
今思い出しても
 
シンガポールでの就労期間は
本当に過酷だった滝汗
 
 
 
内定2社をもらったうち
1社は大企業の現地法人で
もう1社はゼロからの立ち上げ事業。
 
 
 
 
私が選んだのは後者
すなわち
ベンチャー企業!!
 
 
詳しくは
日本の広告代理店が
シンガポールでメイドインジャパンの
ミドルレンジの化粧品販売事業を
立ち上げたい、というもの。
 
 
 
 
後者を選んだ理由は
私が日本で働いていた会社が
比較的大きな企業で
細分化された業務に
物足りなさを感じたため。
 
 
 
 
しかし…
 
 
 
 
好奇心で飛び込んだものの…
 
 
 
 
事業の立ち上げ初期って
日本で携わってもかなりしんどいと
思うのですが…
 
それを土地勘も分からず
文化も言語も違う海外で
ベンチャー企業に勤める…滝汗
 
 
 
いや〜…ナメてました笑い泣き
 
 
 
 
 
そもそも社会人歴3年。
しかも大企業の中の海外営業という
小さいチームで
ほぼ貿易実務だけやってきたという経歴。
シンガポールに来てから
その環境が完全にぬるま湯だったと
思い知りました笑い泣き
 
 
 
 
 
シンガポールで入社当初
事務所にいるのは
私より年齢が一回り上で
化粧品業界の経験も豊富な
シンガポール人女性の上司と私のみ。
 
 
 
 
東京にいるオーナー
(日本人の広告代理店社長)からの
「ゆっくり慣れてくれたらいいからほっこり
という言葉を真に受け
 
まずはシンガポールに慣れることから、
と甘えた姿勢でいたのですが…
 
 
 
 
ある日、ひょんなことから
シンガポール人上司が
私の給料の金額が
彼女とほぼ同等ということを知って
大激怒ムキー爆弾爆弾爆弾
 
※ビザ取得の関係で、
『日本人』というだけで
給与の最低ラインが高くなってしまうため
 
 
 
 
今思うと…
彼女が怒るのも無理はないですよねあせる
 
自分より年齢も経験も下で
言語もネイティブには程遠い部下が
『日本人』というだけで
自分と同等の給料を
もらっているのですから…ガーン
 
 
 
 
 
それ以来
彼女からの激しいしごき(イジメ)が
始まりましたゲロー
 
 
 
 
 
毎日朝から晩まで、曜日も関係なく
途切れることない指示のメールに電話。
(同じ事務所にいるのに全てメール)
 
 
なんせ事務所に二人しかいないので
経理、人事、総務、配達、
営業、マーケティング、在庫管理
とにかく何でもこなさなければなりません。
しかも英語と中国語で!
 ↑全ては自分で選んだ環境だけど笑い泣き
 
 
 
 
それだけでなく
彼女は私がどれだけ使えないか
あらゆる悪口を(有る事無い事!)
日本のオーナーへ次々に報告。
 
 
 
 
 
お陰で私は
膨大な業務にヒーヒー追われる中、
日本からのお叱りのメールと電話に
長時間対応するという余計な
業務まで発生し
 
 
心身ともに疲弊して
いきました
 
 
 
 
顔の見えないメールと電話で
毎日激しい指示と攻撃の嵐…
メールや電話が来る度に
事務所で一人震えていました。
 
 
 
 
実はこの時の経験がトラウマとなり
いまだに顔の見えないやり取りには
苦手意識があり
 
SNSにも興味あったものの
つい最近まで怖さが勝って
発信できないでいましたゲッソリ
 ↑ついに克服したぞ〜〜おーっ!グー!!!!!!
 
 
 
 
同じビルで働く日本人の友人からは
そんなハードな職場でなぜ働き続けるの?
と不思議がられましたが…
 
このまま逃げてしまったら
逃げ癖がついてしまう!という
変な思い込みと
 
日本側に有ること無いこと
伝えられて、地にまで落ちた私の名誉を
挽回してからでないと悔しい!!
という変なプライドから
 
働き続けるという選択をして
しまいましたガーン
 
 
 
 
ただ、
 
今思い返せば
それで精神を病んでしまうこともある訳で
(実際私自身、病む一歩手前でした叫び
あの時続けたのが正解だったかは
疑問です。
 
 
 
まさに
「逃げるは恥だが役に立つ」
 
今この年になって思うのは
引く勇気も大事だということ。
あの頃は若かったから
あんな無茶もできたんだなぁ~ショック!あせるあせる
 
 
 

第9話 につづく…
 
 
 
インスタもやってますラブラブ
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