8月と言えば原爆投下の6日や9日の原爆犠牲者慰霊祭、15日の戦没者追悼慰霊祭と15日の終戦記念日に合わせるように、戦争問題がほぼ毎年のように叫ばれます。

けど本当に戦争の悲惨さを私達はしっかりと受け継いでいるのだろうか?

今もこの地球上で大きい小さいの差はあっても、人類の諍いが続いています。

ウクライナへのロシアの侵攻、何故?と思う時、日本の真珠湾攻撃だって、原因はと思う時に、話し合いで解決できないから武力に頼ると言う様相が、有る様な気がします。

そのために払った犠牲はいかほどなのでしょう。

 

先日《ぽつんと一軒家》と言う番組で訪ねて行った先の87歳と言うお婆さんが開口一番「戦争はいかん、酷いものだよ、止めないかん」とおしゃった言葉がものすごく真実味が有るなあと思って聞きました。

 

15日の昨日ディで80代90代の方がテレビを見ながら「戦没者っていうが、空襲や爆撃によって亡くなった人も数に入ってるんだろうか?」

「私たち子どもは親から引き離されて疎開だと言って知らない所へ行ったのよ」

「父が満州で教員やっていて、兵役にとられ戦争終わってもなかなか日本に帰れなかったのよ」

「戦争終ったら教科書は沢山墨で塗り潰させられたのよ」

「戦争終っても食べる物が無くて、何時もお腹空かせてたわよ、今はおやつだなどと言うがそんなものないよ」「お米はもちろんさつま芋でも食べられれば上等だったのよ」等々出てくる話を聞くのは、私達戦後生まれの僅かな人数、その時まだ20代の男性ヘルパーさんが「○○さんのじいちゃんばあちゃんはどうしたの」、「いやあ~あんまり記憶がないわ」「空襲が終わって帰って行ったらおばあさん家の中で血を流して死んでた」『あ~そんなことも有ったね』

この話を聞きながら、戦争と言う物が一般市民に与える苦しみの酷さを噛みしめ、自分が聞いてきた戦争の話以外の事を聞くことで、今の身の回りの有難さに感謝しなくてはいけないと思いました。

 

中には戦時歌謡などを流してこそ鎮魂だと言わんばかりの方もいられますが、果たしてそうでしょうか?

主人のように軍歌は苦手と言うより聞きたくないと言う人もいるんだと言うことも大切なことだと思います。

♪あああの顔であの声で・・・・・

♪勝って来るぞと勇ましく・・・・・

などと言う歌は嫌いだそうです。

こんな歌さえなかったら、戦争遺児にならなかったかもと思えるらしい、戦後77年 もう父の顔を知らずに育った人たちも少なくなりつつあります。

 

今までに聞いてきたことを出来るだけ正確に、語り継げたらと思います。