⑤
山を登るのは、幸吉さんにとっても、両親のもとを飛び出して以来です。
夕焼けが紫色に染まり、遍路道を霧のように淡く包み込んでいます。
二人はただひたすら山頂を見つめ、曲がりくねった坂を登り続けました。
―――やっとたどり着いた寺の境内は、ひっそりと静まり返っていました。
思った通り、納経所はすでに閉まっていました。
それでも応対に出てきてくれた寺の住職は、急な参拝にいやな顔ひとつせず、暖かく迎えてくれました。
「おや、おまえさんだったのかい」
なつかしそうに住職にいわれ、幸吉さんはあわてて、尻を押さえました。
(さすが、住職。見破られたか
)
*
「病院まで車で送っていこう」
店にもどると、幸吉さんはいいました。
「ありがとうございます。でもおれ、自分の足で歩いて行くことにします」
「そうか。気をつけてな」
少年は夜道を行きかけ、足を止めました。
「なんだ、忘れ物か?」
「あの……うどん、すごくうまかったです。ごちそうさまでした!」
しっかりとした力強い声でした。
幸吉さんは、にっこり笑うと、同じように大きな声でこたえました。
「おかあさんは、きっと元気になる。次は、いっしょに食べに来るんだぞ」
少年は深く頭を下げると、今度こそ本当に去っていきました。
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見上げると、松の木の上に大きな三日月がぽっかり浮かんでいます。
(たまには、親孝行でもするか)
幸吉さんは、しまいかけたのれんを外し、店の中に入りました。
神棚の上でほこりをかぶっていた葉っぱをふっと吹くと、頭のてっぺんに乗せ、くるりっと宙返り……。
その夜。山のお寺では、ひさしぶりに帰って来た若タヌキが親ダヌキと仲良く腹鼓を打って、お寺の住職を喜ばせたのでした。
香川県高松市・屋島の『太三郎狸(たさぶろうたぬき)』
屋島寺本堂の横にある蓑山塚
『少年遍路』①~⑤ おしまい
最後まで読んでいただいてありがとうございました ^^) _旦~~

