岩岡祥世のコーヒータイム  七宝焼き「夕日」書き割で

小学校2年生から6年生になるまで、私は網走郡斜里町富士というところに住んでいました。

初めての日、村の人たちが馬橇で迎えに来てくれました。父の転勤で・・・・・・

私は2台目の馬橇に乗っていました。後ろの馬橇を引く馬の顔が私のほうに近くてとても恐ろしかったことを思い出します。

山のふもとの学校で、ドア一枚で学校の職員室に行けました。

父は私が小学1年生に入学したときから学校長になっていました。

村の人たちに道で出会うと

「あっ挨拶をしなくては・・・・・・・」

と思っているうちに反対に村の人たちから挨拶を先に受けてしまうことが当時とても嫌でした。

でも、自然の中で好きなように遊んでいたことを懐かしく思い出します。

昭和23~24年ごろから27年ぐらいまでのことです。


「黒いひよこ」をもらって育て、ニワトリまでにして飼って、卵を産んだこと、

村の人が「子豚」を持ってきてくれたり、ヤギを育てたりと。

そのために「餌」をあげるためにいろいろな野菜も作りました。


学校の裏に小川がありました。

ちょうど母たちが洗濯や物を洗うために、丸太で足場を作ってあって、

石などで水をせき止めてちょっと深くしてありました。

よく其処で遊びました。


魚釣りをしたのもこの川でした。

早春にはこの川のふちに鮮黄色のやちぶきの花が見られます。

福寿草より早く咲いたかもしれません。

この花は今でも見ると感激します。


春には雪が堅くなって、長靴のまま雪の上を歩くことができました。

朝雪の上にウサギの足跡を発見!

次の日またウサギが現れるかもしれないと思い

弟たちとウサギを生け捕りしようと思って「わな」を仕掛けましたが・・・・・・


斜里岳のふもとの村で山開きに登山した人たちが山で「焚き火」をするその明かりが見えました。

景色がきれいで、木の間から漏れいずる夕日はとてもきれいでした。