チェオクの剣を深く考察してみる
チェオクの剣は4話の途中から見ている。最初からみたくなったので、1,2話をレンタルしてきた。いやー、いいわぁ。プロローグが特にいい。DVDボックス買う気満々だ(笑)。
なんだか三連休チェオク三昧な感じだが、ウィニングポストで破産してしばらくやる気にならないのだから仕方がない。これ書いたら当日返却で3、4話を借りてこようと思っている。
ところで王様。童話じゃあるまいし、なぜ「陛下」と訳さないのか不思議でしょうがないのだが、その王様について調べてみた。
李王朝19代朝鮮王は粛宗という王らしい。物語が始まった1692年、31歳である。若いが在位は長い。なにしろ1974年、13歳で即位している。王后の子かどうかはしらないが王后も同年に亡くなっているようだし外戚も力を持たない時代のようなので、特別後ろ盾はないようだ。
だがこの粛宗がなかなかのやり手だったようだ。在位中に経済政策にも成功しているし、党派抗争に明け暮れて国力が衰えていた朝鮮で、派閥の力を弱め王権を強化することにも成功している。
どうやら柔軟な感覚をしている人だったみたいだ。礼論というのがある。これは朝廷儀礼についての論争なんだそうだけど、儒教の国なので礼にはうるさいわけである。この礼論を逆手にとって(この辺、具体的にどう逆手に取るとこうなるのかさっぱりわからんのだけど)、政権を意図的に交代させることによって、党派勢力を弱めていくわけだ。最初は1680年というから19歳のときである。
ちなみに経済が破綻していた事情には日本も加担している。銅を日本からの輸入に依存していた朝鮮は秀吉の倭乱以降満足に銅の供給ができなく、銅貨が作れなかったということなのだ。つまり、もう少し時代がさかのぼっていれば、贋金を作ろうにも原料の銅がないという状況だったわけである。その辺を考えた設定であればたいしたものかもしれない。
あの王様はそういう王様なわけだ。決して愚昧なわけではなくむしろ李朝史上では英明といっても過言ではないだろう。官たちに愛されているのも納得できる話である。
ではなぜソンベクは謀反を企てるのか?ソンベク自身は謀反ではないのかもしれないが。これを私怨としてしまうと、また違う見方をしなくてはならないが、最初は私怨があっても物語のころにはもっと大きな使命感を感じていたに違いない。だいたいが、15年前の事件のとき王は16歳、親政はできていなかったと思われる。ただ当時政権を握っていた南人派は政局を追われて西人派に政権は移行したが、1689年にまた南人に政権は戻っている。その三年後の話となると、私怨はあるかもしれないね(笑)。
それよりも大きな事情が李朝にはあった。身分制度である。
これは初回から身分の違いを強調する演出がされていたので、動機としては間違いないだろう。
大きくは良民と賎民に分けられる。
良民はさらに両班、中人、常人に分かれる。科挙を受けられるのは両班だけであり、常人は主に農民ということなので、科挙を受けられないファンボ・ユンは中人というところであろうか。
賎民には奴婢と白丁にわけられるが、実はもっと多く八賎とか七賎とかいうらしい。僧侶(ユンの師匠だね)もここに入っているそうだ。奴婢には官奴婢と私奴婢がいてるわけだが、チェオクは最初に私奴婢、後に官奴婢というところだろうか。
白丁は、都市や町の中には住めず、辺鄙なところで集団で暮らしているということで、これはソンベクに近しい連中にあたると思われる。
そう考えると、王に対する謀反ではなく、身分という制度そのものに対する謀反であるということが読み取れる。
ソンベクはチェオクの何者だという問いに「民だ」と答える。初回のプロローグでは、「自分が死んでも自分が歩いた後を多くの民が歩き道を作る」という。ユンは父に「夢もなくただ嘆くのみ」と指摘された。これはひとつのメッセージとして統一されていると思うよ。
なんだか三連休チェオク三昧な感じだが、ウィニングポストで破産してしばらくやる気にならないのだから仕方がない。これ書いたら当日返却で3、4話を借りてこようと思っている。
ところで王様。童話じゃあるまいし、なぜ「陛下」と訳さないのか不思議でしょうがないのだが、その王様について調べてみた。
李王朝19代朝鮮王は粛宗という王らしい。物語が始まった1692年、31歳である。若いが在位は長い。なにしろ1974年、13歳で即位している。王后の子かどうかはしらないが王后も同年に亡くなっているようだし外戚も力を持たない時代のようなので、特別後ろ盾はないようだ。
だがこの粛宗がなかなかのやり手だったようだ。在位中に経済政策にも成功しているし、党派抗争に明け暮れて国力が衰えていた朝鮮で、派閥の力を弱め王権を強化することにも成功している。
どうやら柔軟な感覚をしている人だったみたいだ。礼論というのがある。これは朝廷儀礼についての論争なんだそうだけど、儒教の国なので礼にはうるさいわけである。この礼論を逆手にとって(この辺、具体的にどう逆手に取るとこうなるのかさっぱりわからんのだけど)、政権を意図的に交代させることによって、党派勢力を弱めていくわけだ。最初は1680年というから19歳のときである。
ちなみに経済が破綻していた事情には日本も加担している。銅を日本からの輸入に依存していた朝鮮は秀吉の倭乱以降満足に銅の供給ができなく、銅貨が作れなかったということなのだ。つまり、もう少し時代がさかのぼっていれば、贋金を作ろうにも原料の銅がないという状況だったわけである。その辺を考えた設定であればたいしたものかもしれない。
あの王様はそういう王様なわけだ。決して愚昧なわけではなくむしろ李朝史上では英明といっても過言ではないだろう。官たちに愛されているのも納得できる話である。
ではなぜソンベクは謀反を企てるのか?ソンベク自身は謀反ではないのかもしれないが。これを私怨としてしまうと、また違う見方をしなくてはならないが、最初は私怨があっても物語のころにはもっと大きな使命感を感じていたに違いない。だいたいが、15年前の事件のとき王は16歳、親政はできていなかったと思われる。ただ当時政権を握っていた南人派は政局を追われて西人派に政権は移行したが、1689年にまた南人に政権は戻っている。その三年後の話となると、私怨はあるかもしれないね(笑)。
それよりも大きな事情が李朝にはあった。身分制度である。
これは初回から身分の違いを強調する演出がされていたので、動機としては間違いないだろう。
大きくは良民と賎民に分けられる。
良民はさらに両班、中人、常人に分かれる。科挙を受けられるのは両班だけであり、常人は主に農民ということなので、科挙を受けられないファンボ・ユンは中人というところであろうか。
賎民には奴婢と白丁にわけられるが、実はもっと多く八賎とか七賎とかいうらしい。僧侶(ユンの師匠だね)もここに入っているそうだ。奴婢には官奴婢と私奴婢がいてるわけだが、チェオクは最初に私奴婢、後に官奴婢というところだろうか。
白丁は、都市や町の中には住めず、辺鄙なところで集団で暮らしているということで、これはソンベクに近しい連中にあたると思われる。
そう考えると、王に対する謀反ではなく、身分という制度そのものに対する謀反であるということが読み取れる。
ソンベクはチェオクの何者だという問いに「民だ」と答える。初回のプロローグでは、「自分が死んでも自分が歩いた後を多くの民が歩き道を作る」という。ユンは父に「夢もなくただ嘆くのみ」と指摘された。これはひとつのメッセージとして統一されていると思うよ。