自殺する子供たち | オンラインゲームと韓流の日々

自殺する子供たち

友人のブログに書き込みしたんだけど、長くなるようなら自分のところに書くほうがいいなぁと思って、書くことにします。

子供の自殺って、私が中学校のころにもよくおこってて、同世代のこととしてあれこれ考えたりしたことなんですよね。

一言で言えば、「自分の大切さを理解できない」人が自殺してしまうわけなんだけど、今回の場合、ちょっと違うものを感じるのです。



子供たちの自殺ってさ従来「いじめがどうのこうの」なんて遺書を残す性質のものじゃなかったと思うのですよ。それがいま、いかにも使命を果たすかのごとく「いじめにあった」という事実を遺して死んでいく(ように私には思える)子供たちがいる。

最初の一人二人、その辺はともかくとしてね、私は報道が自殺に「意義」を与えてしまったような気がするのです。



自殺する子供って、どんな子供なんだろう?

いじめにあって、つらい。それはわかる。でも逃げればすむんだよ、冷静に考えれば。実際に学校を休んで引き篭もったり、親の実家に引き取られて転校したりする子はたくさんいるんだと思う。でも逃げることができない性格の子供が中にはいる。

大勢で一人をいじめることこそ一番卑怯なことなんだけど、いじめられているほうが、「告げ口したりすると卑怯だ」などと思ってしまったり、「自分が我慢すればいいんだ」とか思ってしまったり、なかには「自分が悪いんだ」などという考えに陥ってしまったりするのだろう。そういう子は自殺することも『逃げ』だと感じるんじゃないかと思う。

だから自殺を選ぶ子供というのはかなり狭い範囲に分布しているというのが私の持論なのだけど、今回は意味合いが違うと思うのだ。



今回の報道では、いじめられている子供に対するフォローよりも、学校や社会に対する(まるで自分にはまったく非がないかのような)批判が前面にたっていた。本来、自殺した子供たちからみれば加害者の部類に入るはずの親までも、一方的な被害者のようだった。かなりいびつな報道だったと思う。

そしてその報道は、本来自殺を選ばない子供たちに、「自殺することで社会に問題提起できる」という意義を、自殺する理由を、与えてしまっているのだ。これが連鎖的な自殺の実態ではないかと思っている。



ほんとはね、「いじめになんか付き合ってやる必要はないんだ」という当たり前のことを、まず教えなきゃいけない。多勢に無勢だ、逃げても卑怯じゃないさ。引き篭もってネットで愚痴れ。それでいいんじゃないのかな?

そう言ってあげられる大人がたくさんいればいいと思うんだ。