今年も独特の悪条件があり、寂しさもひとしおでございます(-_-)
一つだけ、この時期を乗り越えるための教訓を学びました。それは…この時期
決してものごとをロマンチックに考えてはいけない!
ということです。同胞の方、よかったら参考にしてください(笑)
それはさておき、今年の一番を記憶に留めておきたいと思います。
今年も引き続き、ドラムの練習とジャムセッションにあけくれました。たくさんの方とおあいしました。概ねシンプルでよい一年でした。感謝します。
そのなかで、自分にとって大事になった、ある日のことを話します。
夏の暑い日でした。日曜日の午後、東京郊外の有名なライブハウスのジャムセッションに出かけました。
その日のホストは私も大好きな有名なドラマーと有名なベーシストの方でした。店内はジャズを志す老若男女で満員でした。
このお店のステージの後ろには窓があります。ブラインドは閉まっているのですが、午後の陽射しが時折隙間から漏れていることがあります。 演奏者を後ろから仄かに明るさが照らすことがあります。それがこのお店の雰囲気をつくっているのだと今思っています。 心休まるいいお店です。
教会の造りでは、光を後ろから受けるものは主イエス・キリストだけです。人は光を求めてさ迷っているので、いつも光の方を向いて祈るのだと誰かに聞いたことがあります。
特別なことがあったわけではありません。
居合わせた人もたくさんいらっしゃると思うので詳細は書きません。敢えて言うなら期待どおりのいいイベントでした。
ほんとのことを言うと、何があったのかよく思い出せないほど、私はこの日、混乱し打ちのめされました。
演奏が凄いとか、俺もああなりたいとか、そんな類いのショックとは違う、もっと魂の危機ともいえる、敢えていいますがオカルティックな体験をした気がします。
以下は後になって自分が頭を整理してからの感想です。
凄いライブと言うのは音楽以外のものを伝えているのではないか…?
メロディーとかハーモニーとかリズムを説明してるのではなく、その場のスピリッチアルな臨場感を伝えているのだと思う…?
……やっぱりぜんぜん説明出来ないけれど、とにかく私はあの日スピリッチアルなものに包まれる感覚を味わった。
『こんなことをしててはだめだ!』
と叫びたくなり、自分が変わりたいと心から思った。
少なくともその時には、悔い改め、自分を磨き、音楽だけに忠実に生きようと心に誓って、教会を、いえ、ライブハウスを後にしたのだった。
素足にサンダルを履いたような、素朴で艶かしい夏の記憶だ。
その後、充実はしているが、平凡な生活は続き今年も終わろうとしている。あの日が自分にとってなんだったのか、いまだに分からない。もちろん自分が変わったとは思えない。でもあの日、全てが終わり、全てがはじまったのではないかと、時折思うことがある。
皆様、今年、とてもお世話になりました。新しい年がよいものであることをお祈りします。
Merry Christmas、 And a happy New Year!
