http://www.janjanblog.com/archives/2910

アースデイ愛知in久屋「ゆるキャラ大集合」。

愛知県のアースデイは2つあることが有名です。
「ビンボーなほう」と呼ばれている、アースデイあいち2010・LOVE&ビンボー春祭り。
「久屋のアースデイ」と呼ばれている、アースデイ愛知2010in久屋。

なぜ二つあるのかは、よくわからないのですが、2008年ごろから2つ存在しており、どちらのアースデイも2004年に開催されたアースデイを「ルーツ」としている点は一緒のようです。

二つある愛知のアースデイですが、今年のアースデイは連携して開催されているそうです。


紆余曲折の末に開催されたアースデイ愛知2008(アースデイ愛知in久屋)
http://www.news.janjan.jp/area/0804/0804290049/1.php
アースデイ愛知2008に参加してきた(アースデイあいち・LOVE&ビンボー)
http://www.news.janjan.jp/area/0804/0804275921/1.php
アースデイ「協働開催」への準備進行中(2010年の連携の様子)
http://www.janjannews.jp/archives/2914192.html

両方のアースデイに行ってきましたので様子を報告します。


稲沢市のキャラクター「いなっピー」アシタバの頭に裸祭りのふんどし姿。

稲沢市のキャラクター「いなっピー」アシタバの頭に裸祭りのふんどし姿。


5月2日、久屋大通り公園の「アースデイ愛知2010in久屋・いのちのきおく」の二日目に参加しました。
この日は特筆すべきところとして「ゆるキャラ大集合」というイベントが開催されていました。


堀川のキャラタクー「ほりごん」と、ゆるキャラEsamanさん。

堀川のキャラタクー「ほりごん」と、ゆるキャラEsamanさん。


大集合は、愛知県や近隣の自治体が作っている「ゆるキャラ」のうちで、環境や自然がテーマとなっているもの、地産池消がテーマとなっているものが集まって一堂に会したものです。
ゆるキャラ大集合の司会はJANJANでも記者をしているEsamanさんでした。
Esamanさんは「自分は素のままでもゆるキャラだと言われて着ぐるみの中にいれてもらえませんでした。今日は自分の友人のゆるキャラ先生方をご紹介します」などと司会をしていました。
ゆるキャラの由来などを説明したあとは、会場を歩き回り、会場を訪れていた子供達に人気を博していました。


飛騨牛のキャラクター「ひだまる」。耳に識別用のタグがついている。

飛騨牛のキャラクター「ひだまる」。耳に識別用のタグがついている。



勢ぞろいしたゆるキャラ達。真ん中の緑頭のキャラは「ヤマリン」。6月に岐阜県である豊かな海づくり大会のキョラクター。

勢ぞろいしたゆるキャラ達。真ん中の緑頭のキャラは「ヤマリン」。6月に岐阜県である豊かな海づくり大会のキョラクター。



津島市のキャラクター「つしまる」。津島神社の頭をしています。

津島市のキャラクター「つしまる」。津島神社の頭をしています。


アースデイ愛知2010in久屋大通公園
http://blog.livedoor.jp/earthdayaichi_hisaya/
アースデイあいち・LOVE&ビンボー作戦本部
http://blog.earthday-aichi.net/
アースデイあいちnet
http://blog.livedoor.jp/ed_aichi_net/

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アースデイ愛知in久屋「喜納昌吉とチャンプルーズ」登場。


愛知県のアースデイは2つあることが有名です。
「ビンボーなほう」と呼ばれている、アースデイあいち2010・LOVE&ビンボー春祭り。
「久屋のアースデイ」と呼ばれている、アースデイ愛知2010in久屋。

なぜ二つあるのかは、よくわからないのですが、2008年ごろから2つ存在しており、どちらのアースデイも2004年に開催されたアースデイを「ルーツ」としている点は一緒のようです。

二つある愛知のアースデイですが、今年のアースデイは連携して開催されているそうです。


紆余曲折の末に開催されたアースデイ愛知2008(アースデイ愛知in久屋)
http://www.news.janjan.jp/area/0804/0804290049/1.php
アースデイ愛知2008に参加してきた(アースデイあいち・LOVE&ビンボー)
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アースデイ「協働開催」への準備進行中(2010年の連携の様子)
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両方のアースデイに行ってきましたので様子を報告します。


デモ出発直前。先頭に喜納昌吉さんがいる。

デモ出発直前。先頭に喜納昌吉さんがいる。


5月1日、久屋大通り公園の「アースデイ愛知2010in久屋・いのちのきおく」の一日目に参加しました。
久屋大通り公園は南北に長い公園で広い公園ですが、南側の広場を会場としていました。
会場の広さはLOVE&ビンボーの会場の若宮大通り公園の倍くらいの大きさです。
会場には、大小のテントの混じって、大きなパオのようなテントが建てられており、出展者にはフェアトレードのお店や、手作り弁当のお店、マッサージのお店、飲食コーナーなどのお店が多いです。
憩いの鍋エリア(LOVE&ビンボーの人たちの企画)が会場の片隅に設営されていましたが、ここだけはカンパ制でした。
飲食コーナーの販売メニューは沢山ありました。
ピタパン、コロッケ、焼きそば、ビール、ジュースなど、貸し出しのコップやお皿を借りて食べます。
100円で借りて、返すと50円戻ります。
有料の飲食コーナーが充実しているのは、食べ物が無料で沢山配られていたLOVE&ビンボーとは大きく違う点でした。


デモの様子

デモの様子


この日は特筆すべきところとして「すべてのいのちの祭り」というステージイベントが開催されました。
パンフレットによると「北のアイヌと南の沖縄が愛知でであって、人間の多様性パレードに」というようなことが書いてあります。
「人間の多様性」というスローガンは、もうひとつのアースデイのLOVE&ビンボーのスローガンなので、両者の連携の影響が見られます。


デモの様子。アイヌアートプロジェクトの人たちがいる。

デモの様子。アイヌアートプロジェクトの人たちがいる。


沖縄から「喜納昌吉とチャンプルーズ」の人たちがやって、サムルノリの人たちや、アイヌアートブロジェクトという北海道からやってきた人たちと一緒にステージで音楽をして、デモ行進をしました。
テモ行進のルートそのものは、公園を出て、松坂屋などのあるところを回って帰ってくるという大変短いものでしたが、先頭に喜納昌吉さんや「たまたま来ていた」という民主党の谷岡郁子議員などを先頭に(喜納昌吉さんも民主党の議員でしたね)、音楽を鳴らしながら盛り歩きました。
シュプレヒコールなどは特になく「地球はともだち」などと掛け声を上げながらの行進でした。
デモを終わって帰ったあとは、喜納昌吉さん達のステージで大変盛り上がっていました。


アイヌアートプロジェクトのステージ。

アイヌアートプロジェクトのステージ。

喜納昌吉とチャンプルーズのステージ。大変盛り上がっています。

喜納昌吉とチャンプルーズのステージ。大変盛り上がっています。


アースデイ愛知2010in久屋大通公園
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「ビンボーアースデイ」アースデイあいち・LOVE&ビンボー春祭りに参加した。


愛知県のアースデイは2つあることが有名です。
「ビンボーなほう」と呼ばれている、アースデイあいち2010・LOVE&ビンボー春祭り。
「久屋のアースデイ」と呼ばれている、アースデイ愛知2010in久屋。

なぜ二つあるのかは、よくわからないのですが、2008年ごろから2つ存在しており、どちらのアースデイも2004年に開催されたアースデイを「ルーツ」としている点は一緒のようです。


二つある愛知のアースデイですが、今年のアースデイは連携して開催されているそうです。

紆余曲折の末に開催されたアースデイ愛知2008(アースデイ愛知in久屋)
http://www.news.janjan.jp/area/0804/0804290049/1.php
アースデイ愛知2008に参加してきた(アースデイあいち・LOVE&ビンボー)
http://www.news.janjan.jp/area/0804/0804275921/1.php
アースデイ「協働開催」への準備進行中(2010年の連携の様子)
http://www.janjannews.jp/archives/2914192.html

両方のアースデイに行ってきましたので様子を報告します。


会場の様子。

会場の様子。


4月25日、若宮大通り公園の「アースデイあいち2010・LOVE&ビンボー春祭り・人間の多様性も大事だね」に参加してきました。
会場にはオーガニックのお店、染色作家の店、手作り品を売る店などに混じって、ダム建設反対運動や、エイズ啓発のNGO、ラテンアメリカ、アジア、アフリカ支援のNGO、授産施設のお店なども出ています。


鍋のある本部の前で実行委員長の酒井徹さん(うさぎの人)。

鍋のある本部の前で実行委員長の酒井徹さん(うさぎの人)。


主催者の説明によると、今年のテーマは、10月に開催されるCOP10を強く意識してテーマを設定したそうです。
COP10は野生動物保護の会議と誤解されているけど、実際には生物資源の争奪戦の政治的な会議で、それよりも人間の多様性を大切にする必要性を訴えたいそうです。
挨拶には愛知県中央メーデーテの委員長、イブニングメーデーの委員長、笹島日雇い労働組合の委員長が来ていました。
地元アーティストのプライナスさん、えぐれささしまさん、久屋アースデイの人たちのステージがあり、出展者が自由に主張を話せる「人間の多様性アピール」のコーナーも開催されていました。
出展者のみなさんが、お店の紹介や、市民活動の紹介などをしていました。
中にはオーストラリアからの参加者もいました。


地元アーティスト、プライナスさんのステージ。

地元アーティスト、プライナスさんのステージ。


本部テントで鍋を作ったり、餅つきをしていて、出来上がると会場に声がかけられてみんなで食べます。
使われているお皿は使い捨ての紙皿ですが環境負荷の少ない原料のお皿だそうです。

「人間の多様性パレード」というデモも行われました。
出展者の多くが後片付けをしていて、参加者は20名ほどと少ないデモ隊でしたが、会場を出発して松坂屋を大きく回って通り、大須まで南下してそこで解散しました。
よくある平和運動のデモの倍以上の距離で、後日報告する久屋アースデイのデモの5倍はある距離でした。
人数は少ないですが参加者はみなイキイキしており、マイクをまわしながら、思い思いのことを叫んでいました。


デモの様子。参加者は少ないが主張は多様です。

デモの様子。参加者は少ないが主張は多様です。

「美女参上」のプラカードを掲げる参加者。警察車両が見下ろしています。

「美女参上」のプラカードを掲げる参加者。警察車両が見下ろしています。


アースデイあいち・LOVE&ビンボー作戦本部
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アースデイ愛知2010in久屋大通公園
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生存と助け合いのネットワークが必要だ! 生存組合の集会に参加して。

昨年(2009年)の10月17日、生存助け合いの会準備会(生存組合)が開催した「生存と助け合いの寄り合い」に参加しました。

呼びかけのチラシによると、
「さいきん「たすけあい」って、少なくなった気がしませんか?そこで『生存と助け合いのための集まり』を、開催したいと思います。
私たちは、何かがあったときに「助け合い」をするための集まりを、開こうと考えました。生活支援、労働問題、悩み相談、人生相談、文化活動ノ色々な分野の人たちと話し合い、いずれは、それぞれの分野の人たちが、手を取り合って『助け合い』のできる活動を作っていけたら、と考えています。」
とのことです。


パネラーには、

ブラジル人労働者なども多く参加して活躍する、個人加盟制の労働組合、
なごやふれあいユニオンの酒井徹さん、
笹島日雇労働組合やインターネット新聞JANJANなどで活躍するEsamanさん、
氷河期世代ユニオンで独自の活動を全国区で展開している、小島鐵也さんなど、

名古屋で活動する若手の人が並んでいます。

名古屋駅裏手の則武コミュニティセンターで開催された集会には、30名ほどの参加者が集まっていました。




笹島労働会館の前で歌う「えぐれささしま」さん。

笹島労働会館の前で歌う「えぐれささしま」さん。



●司会者Esamanさんの話。


Esamanです。
インターネット新聞でも、この名前で記者をしていますが、
ホームレス支援活動や市民活動の界隈でもEsamanという名前で知られています。


昔は解雇をされたら労働組合に相談して対処しました。
解雇されても家はありました。
いまの若者は、住み込み派遣の人などは、仕事も家も同時に失います。
若者も、いろんな公的制度をしらないので、ホームレスになっても2ヶ月3ヶ月がんばってから労働組合に相談にきます。
でも労働組合は会社と戦って賃金を取ったりはできるけど、家を失った人の相談は苦手です。
さいきんは、このような事件が多くなってきて、労働組合での相談も変化してきました。
労働組合だけでは対処できないものも多くなってきたので、横の連携を作って、助け合いができないかと思い、呼びかけさせていただきました。


いま全国でインディーズ系メーデーというものが活発になっています。
インディーズ系メーデーというのは、既存の労働組合とは違う活動スタイルという意味だったり、メジャーではないメーデーといったような意味です。


インディーズ系メーデーといいましても、同じ系列の組織ではなくて、各地で若者たちが起こしている活動を連結して、

インディーズ系メーデーと称しているものであり、各地で発生している活動の中身は、それぞれの地域で全く違います。
一般的には、既存の大手の組合が取り組まない分野のことを積極的にしている、比較的若い人たちの集まりである、と考えていただいても間違いはないと思います。
そのような若者達が、大手の労働組合、既存の労働組合が取り組んでくれない課題を、自分達の手で解決し始めており、その副産物としてインディーズ系メーデーが生まれたのかもしれません。
また地域によっては、労働組合ではない人たちが担い手になっていることもあるようです。


名古屋では「インディーズ系メーデー」としてLOVE&ビンボー春祭りという活動をしておりまして、アースデイの人たちと協働して、
若者の雇用の問題と環境の問題を共に考えよう、ということで開催しております。
名古屋の場合も、メーデーといっても、実は労働組合の人たちが中心とはなっていません。


アースデイなどのスタッフには、若者が多いわけですが、アースデイ東京などをはじめとして、
多くの地域では、アースデイは企業の環境製品や取り組みの見本市となっています。
スタッフとして(無給で)関わる若者達の、日常の雇用問題については、誰も見向きもしていない、という問題も発生しています。
現代の若者の多くは労働組合や労働者の権利について学ぶ機会がなく、放置されがちです。


自分はインターネット新聞というところで記事を書いています。
記事を書いても何ももらえません。
ですがブログとは違い、編集者が目を通しますし、掲載されない場合もあります。
ボランティアでジャーナリストをしていると考えてください。


市民活動には、色々な活動があるわけですが、一般の人達は存在すらも知りません。
たとえ広く知られていなくても、存在していることに変わりはありません。
ですが、広く知られないと効果も薄いです。
私達の上の世代の「活動家」と呼ばれる人達は、何もしなくても人が集まった世代のためか、そのような分野に力を入れなかった気がします。
私は、そのような活動を取材して、一般の人の目に触れるようにするためにも、市民記者としての活動しています。


記事の内容は8割が貧困問題です。これは、結果としてそうなりました。
ネット上には、ホームレスの人たちは怠けているだとか、派遣切りは自己責任だとか、実態を知らずに無責任なことを書く人が多いです。
自分は、この名前で取材をしたものを、責任をもって書いています。


既存の市民団体は情報発信力がとても低いです。
低すぎて存在していることも分からない。
インディーズ系メーデーなどで、若者同士のネットワークを拡大してみたら、近所に似たような活動をしている所があったことを、東京から聞いて分かったりする。
これは非常にもったいないことですし、仲良し同士が集まるものにもなりがちです。
そして、よくわからない人間関係による喧嘩もあるのですが、それではよくない。
お互いの活動をしるためにも、今回の企画をしました。

●名古屋ふれあいユニオン・酒井徹さんの話


ふれあいユニオンは、パート・アルバイト・当時増えつつあった派遣労働者・外国人労働者の人たちが、
職場に労働組合がなくても、入れてもらえなくても、1人でも入れる労働組合として10年前に発足しました。


自分も4年前にトヨタ期間工として働きはじめたときに、トヨタ労働組合は期間工だと入れてくれなかったので、仕方なく入ったのです。


当初は原工場という渥美半島にある名古屋まで2時間かかる工場で働いていました。
解雇された時(2007年)は、日建総業から派遣されて刈谷工場で働いていました。
半年契約で、更新しない場合は一ヶ月前に言われるので、大丈夫だろうと思って働いていると、
9月18日に、突然担当者に呼ばれて、トヨタ車体から180人減らしてくれと言われたので、
酒井さんは10月9日が更新期限なので、やめてくれと言われました。


このときに一番困ったのは、住み込み派遣だったので、仕事が無くなると同時に家が無くなることです。
大家さんは仕事をしていない人には家を貸しません。
社長さんは、家のない人は雇いません。
両方同時に失うと、どうしようもなくなります。
名古屋市にあるホームレス一時保護所にすみながら、会社と労働争議をして、解決金を取って、それをもとにアパートを借りました。


このときの経験をもとに、住み込み派遣は問題だ、ということを訴えてきましたが、あまり相手にされませんでした。


去年(2008年)のちょうど今頃、ユニオンの委員長になりました。
その年(2008年)の年末、11/28には、ユニオンに大量の電話がかかってきました。
派遣切りにあって住むところもない、という電話がかかってきて、一つの相談を終わると、次の電話がかかる状態でした。
その日はイトレにも立てない状態になっていました。


その相談の内容は、一年前に起こった僕の事件とほぼ同じでした。
一年前の自分に起こったことをもとに、アドバイスをしました。
11/28に電話してきた人はまだよいほうで、多くの人は次の仕事を探してない、追い出されてネカフェに泊まりながら仕事を探すけどない、
ネカフェに泊まると一日2000円かかります。20日で60000円。アパートの法が安いです。
ホームレスになるとお金がかかるのも事実なのです。
お金もなくなり、どうしようもなくなってから相談に来る人が多いです。
この状況はまだ続いています。


平日に相談に来た人は、中村区役所の支援活動のことを紹介できますが、土曜日や日曜日に来られると対処が出来ません。
労働組合は、会社とも問題についての話し合いをするプロですが、寮を追い出された、借金取りに追われている、などの問題は詳しくありません。
ですが、相談者の多くはそのような問題も抱えて、ユニオンにやってきます。
今日寝るところがない人に、一週間後に団体交渉をするので着てください、というのは意味がありません。


いろんな活動をしている人たちと連携して、得意分野を生かしあいながら、ネットワークが作っていけるといいと思います。




氷河期世代ユニオンの小島鐵也さん

発言する氷河期世代ユニオンの小島鐵也さん。



●氷河期世代ユニオンの小島鐵也さんの話


若い労働者の問題について、各地の反貧困ネットワークや、インディーズ系メーデーと連携しながら東京と名古屋を半々で活動しています。
いまは豊川にすんでいます。
東京の反貧困ネットワーク、愛知の反貧困ネットワーク、各地の派遣村や、全国のインディーズ系メーデーに参加しています。
豊川の派遣村にも参加しましたが、外国人労働者の人の相談も多いです。
外国人労働条件が悪くなると、いずれ私たちの労働条件も悪くなるので注目が必要です。


インディーズ系メーデーは、去年僕は、名古屋、熊本、福岡、広島、東京、仙台、新潟などを回りました。
フリーターや非正規の労働組合の若者が活躍しています。
労働運動は段階の世代の方が活躍していましたが、インディーズ系の活動では若者が中心になっています。
みんな貧しくて時間ないのですが、社会に訴えたいということでやっています。


愛知の反貧困ネットワークは、派遣村の人たちが中心になって、金山の司法書士会館というところで、2週間に1回程度集まっています。


●おにぎりの会の方

相談し来た人に、おにぎりを配ろうということで始めました。
いまでも毎日80人ほど来ています。
並んでいる人たちの中に、相談者の方は10名ほどです。
活動を始めて分かったのが、毎日どこかで炊き出しがあること、それを渡り歩いている人もいることです。
中には生活保護を受給している人も多い。
そのような人たちが、どのような生活をしているかということが知りたいと思います。
本当はケースワーカーが調べることだと思いますが、どうもうまくいっていないようです。


●ビックイシューの方

ホームレスの方が、生活保護を受けたあとに孤独になってしまって、お酒やギャンブルに走ってしまう話をよく聞きます。
笹島診療所には、アパート入居後に食事を作って皆で食べる会があるそうですが、なかなか手が足りなくて出来ないということを聞きました。
もっと色々なところと連携して、食事会のようなことが企画できるとよいと思います。


Esaman:
笹島診療所の下には、笹島日雇労働組合があります。
笹日労は、昔は元気で威勢もよくて、乱暴な人も多かったようですが、
現在は皆さん高齢化しており、生活保護で生活してるい人が多く、むかしほど喧嘩騒ぎなどは起きなくなっています。
笹島会館の周辺には、昼間から人がいます。
仕事がないのもありますが、仕事が終わってからも顔を出す人がいます。
わざわざ、おみやげを持って来る。
コミュニケーションの場になっているんです。
現在は、そういう場が無くなっていることが問題ではないかと思います。


酒井:
派遣村で生活保護を取ったあと、引きこもりがちになる人もいます。
ホームレスをしていると、よくもわるくも、人と接するわけです。
生活保護をとったあと、人との接触がなくなってしまう人も多いわけです。
本当は、ケースワーカーの人がケアをするのが、たてまえでしょうが、出来ていませんね。
そのような人でも、気軽に遊びに来れる場所が必要だと思います。


「生存と助け合いの寄り合い」に集まった参加者のみなさん。

「生存と助け合いの寄り合い」に集まった参加者のみなさん。



●会場からの「秋葉原連続通り魔事件について」の質問に答えて。


酒井:
秋葉原事件の彼は、レクサスのバンパーの前工程をしていました。
実は僕も、日建総業から派遣されて、トヨタの工場で、全く同じ仕事をしていました。
自分もホームレスとなってから、あの事件のことはよく思い出しました。
インターネット上には彼のこともいろいろとかかれています。
インターネットには匿名で、無責任で、いろんなことが書かれています。
彼が悪いのは、自分もそのとおりだと思います。
ですがネット上には、派遣労働者というのは、こんなことをするから切られるんだ、ということが書かれたりする。
誰が書いているのか分かりませんが、働いていた実感としては、そのような意見は、むしろ派遣労働者のほうから出ることが多いんじゃないかな、なんて思ったりしています。
派遣労働者が、ホームレスの人たちのことをバカにすることもあります。
そして数年後、その人たちがホームレスになる。
そして、事実ホームレスになっているに「あいつらとは違う」という根拠のないプライドで差別化したりする。
そういうことが繰り返されている気がします。
ネット上は、匿名で名前も顔も出さずに書けるから、発言に責任をとらなくて済むし相手も見えないので、無茶な意見が出てくる気がします。


Esaman:
派遣会社で働いている人は、切られるときには一斉に切られます。
だから職場の同僚は頼れません。
派遣切りで切られて、しばらくホームレスやネカフェを渡り歩いて、次の住み込みの仕事を探す、
という生活サイクルを続ける人たちが、派遣切りが騒がれる前から、ある一定数存在していました。
人によっては10年ほど続けていた場合もあります。


いままでは、本当にお金が尽きて生活ができなくなる前に、指月の住み込みの仕事が見つかっていたので、
マスコミも労働局も、その実態に気がつかなかっただけで、たくさん存在していたのです。
そして景気が悪化すると、次の仕事が見つからなくて、みんな本格的にホームレス化していきました。
切られる規模が大きかったので、職場の同僚がすべていっせいに職を失い、ホームレス化してしまった例もありました。
同僚もすべてホームレスになっているので、誰に頼ることもできずに寒空に放り出されたわけです。


会社での繋がり以外の繋がりを作っておけば、ある程度は、そのような事件を防げたかもしれません。
ですが、多くの住込み派遣の寮は郊外にあることも多く、そうでなくとも、生活は寮と会社の往復だけになりがちですので、
会社の同僚くらいとしか顔をあわせず、結果として、一緒に切られてしまう人としか繋がりがない場合が多くなります。


インターネット上の書き込みですが、ネット上は匿名で何でも書ける、匿名で書かれたものを皆が見て、それをまた検証も取材もせずに匿名で書いて、尾ひれがついて増幅していく。
「みんな書いている」というとこで、存在するかのような気がしてしまう。
ところが、実際に現場に見に行ってみると、そんなことは起こっていない、事実と違う。
誰も検証していないのだから当たり前ですよね。
場合によっては「現場そのもの」が存在していない、ということすらあるわけです。


例えば、マヌケすぎる話で誰もが笑う話ですが、アイヌの民話には「コロポックル」という妖怪が出てきます。
日本の昔話で言えば、カッパのようなものです。バター飴の袋にも書いてあるものです。
ところが、このコロポックルはアイヌより前にいた先住民族でアイヌがこれを侵略したんだ、だから謝罪しろ、なんてことをネット上で当たり前のように書く人が出てきています。
カッパに謝罪しろというわけです。
この話は戦前の一時期、まだ日本に民俗学がほとんど存在しなかった頃に、分野違いの解剖学者によって展開されていたもので、最近では相手にされなくなり忘れ去られていたものです。
この話を真に受けて話す人は長らくいませんでした。
まれに話題にする人がいても「そういう話もある」という程度のものだったのですが、
「コロポックルに謝罪しろ」などという極論を言い出す人が出てきたのは、ネット上だけで議論をする人特有の化学反応のような気がしています。


こんなデマの増幅に対抗するためには、検証し取材すること、確かめること、携帯やパソコン画面に表示されるテキストではなく、現実世界で直接会って見聞きした人の言葉を大切にすることが重要になってきます。
ですが、住込み派遣で職場と会社を行ったり来たりしていると、そんな機会が奪われてゆく。
確かテレビで見たものだったか、通り魔事件の彼が、ナイフを買った店だったかな? そこで店員と会話をした時の様子が、とても楽しそうだったのが印象的でした。
人との接触の機会が奪われてしまったことが事件の遠因にあったのではないかなとも思います。

●「派遣切りの人がホームレスの人をバカにしたり、ホームレスの人が生活保護を取っている人をバカにしたりします。」に答えて


Esaman:
生活保護をとるのは悪いことだ、という価値観が何故か浸透していますね。
法律には生保が悪いとは書いてありません。
役所が自分達の出世のためや、仕事をしないために、水際作戦をしているだけです。
恥ずかしいのは水際作戦をしている人たちです。
派遣切りにあって、2週間もホームレスをしますと、急速にやつれて、何年もホームレスをやっている人と、あまりかわらない外見になります。
場合によっては、何年もホームレスをしている人のほうが、2週間前に派遣切りでホームレスになった人よりも、小奇麗な格好をしてるいことがあります。
ホームレスも派遣切りも、家がないという意味では同じですね。


酒井:
生保をとりたがらない人は労働相談でもいます。
社長が賃金を払わずに、家賃も払えずに、家も追い出されて、所持金が十何円。
こんな状態では、労働組合に来ている場合ではありません。
生活保護をとって何とかしましょう、と言っても、とりたがらない人もいます。
自分の力で働きたいなら、家のない人は雇ってもらえないので、家の確保をするのが大切です。
生保を頑なに取らない、という態度は、かえって社会にマイナスなのかもしれません。


ワーカーズFAXの舟橋さん:
食べるものもなくて、フラフラになっている人に、色々と言っても頭に入りませんね。
役所はすぐに申請しろといいますが、話をまとめずに行くと、追い返されることもある。
昔は労働組合も沢山あって、地域ぐるみ闘争などもあったけど、
いまはまったくなくて、仲間も作れないし、バカ話すらもできない。
でも、そういう社会になっちゃったんだから、なんとかやっていくしかないよね。
少し前、中村区役所の2階が溜まり場になっていて、用もない人がたくさん来て居た。
ホームレスの人たちも、昔役所に嫌がらせをされた人もいて、寄り付かなかったけど、
炊き出しを始めたら、来るようになって、それで生保を取れた人も居た。
いまは追い出されてしまったけど、そういう空間も必要だよね。

●「生活保護を取っても、使い込んでしまって続かない人が居ます」に答えて


Esaman:
パチンコで使ってしまって、家賃が払えなくなる人が居ます。
ケシカラン話ですが、詳しく聞いてみると、どうも自分の意思でやっているよりは、
パチンコ中毒になっている可能性があるような気もしてきます。
私はパチンコをしないので、よくわからないのですが、最近のパチンコは「浮き沈み」のようなものが少なくなったみたいですね。
ギャンブル性が強いとよくない、という規制かなにかのようですが、そのような規制をするということは、やはり中毒性のようなものを喚起するから、ということではないかなと思います。
パチンコのやり過ぎが「病気」であった場合は、自業自得とも言えなくなってきます。

いずれにしても、お金を使わない遊びをする仲間を作る必要があります。
たとえば、みんなでご飯を作るのは、お金がかかりません。
最近行った月見祭りでも、20名以上参加して、焼肉も酒も出て、総支出で2万円ほどでした。
しかし今度は、そのような宴会をさせてくれる場所が、なかなかないという問題もあるわけです。


酒井:
派遣社員の人には、真面目なんだけども、まったく友達のできない人はいますね。
そういう人で、パチンコくらいしか共通の話題がなかった場合は大変だよね。
いっぽう、コミュニケーション能力の高い人は、ホームレスになっても、友達の友達の家に上がりこんで、図々しく生活していたりします。
日雇労働者でホームレスの人たちは、ブルーテントで家をすぐに作れますよね、工場労働者でホームレスになった人たちは、ブルーテントは作れません。
始めてホームレスになった人は、何年かホームレスをしていた人たちよりも数倍大変で、まともな精神状態にはいられなかったりします。


●「本当は役所のケースワーカーが、生活に困っている人の話を、色々と聞くことが仕事ではないかと思います」に答えて


舟橋:
(中村区役所では)いままでケースワーカーは一人80人担当していたのですが、今は120人担当しているそうなので、サポートはどうでしょうか。
次から次と来る相談者をいかに裁くか、追い返すかばかり考えていると思います。
役所の指導では、週に2回ハローワークに行けなどが限界じゃないかな。
でも仕事もないのにハローワークに行っても意味がありません。



酒井:
人からみて、そんなことで、ということで仕事の面接に行けない人もいます。
たとえば、ネクタイの締め方が分からないから、仕事の面接に何年もいかなかった人もいるわけです。
生保を取らない、仕事の面接にいかない、いろんな理由があると思います。
なんだそんなことか、と言われそうな、くだらない理由ほど、人には話さなくなります。
役所のケースワーカーに聞かれて、ネクタイの締め方の分からなくて面接に行かない人は、ネクタイの締め方が分からないとは、ケースワーカーに言わないでしょうね。


Esaman:
ケースワーカーなどの月に一度しか会わない人が、なにか聞こうとしても無理でしょう。
自分も色々と話を聞いたきっかけというのは、笹島会館の前で座っているのを見た、とか、
炊き出しでチラシを配っているのを見た、とか、そういうことの積み重ねで、相手と知り合いになっていって、
そういった中で、この案件は生活保護が取れる、とかがわかって、勧めることが多いわけです。
本当に問題を解決していくためには「仲良くなる係り」が必要ではないかと思います。
このほかにも、ここ1年支援活動の話題など、色々な話で盛り上がっていました。
途中、いままでひきこもりだったけども、これから資格を取りたいですとカムアウトする人もいて、アットホームな話も出でいました。


今後の具体的な課題として、気軽に集まれる「鍋宴会」を開催しましょう、ということで、まとまっていたようです。


氷河期世代ユニオン
http://hyogaki-sedai.seesaa.net/
名古屋ふれあいユニオン
http://homepage3.nifty.com/fureai-union/
生存助け合いのネットワーク(生存組合)
http://blog.goo.ne.jp/nagoya_p_net


http://www.news.janjan.jp/culture/0905/0905173539/1.php

イヨマンテを知っていますか?「アイヌと共に語る」講座より

山の神である熊を神の国へ還す、伝統儀式に民族の精神を学ぶ

小宮朗 2009/05/22
 イヨマンテとは、アイヌ民族の最も有名な伝統儀式です。山の神から託された子熊を家にお迎えし、大きくなるまで家族として育て、大きくなったら、人を集めて大きな宴を起こして、丁寧にお送りする儀式です。かつては「野蛮未開な習慣」として政府に禁止され、戦後、伊藤久男が「イヨマンテの夜」を歌い流行し、観光がブームだったころは、観光地の目玉とされていた時期もありました。

 アイヌと聞くと、この儀式をイメージする方は今でも少なくないと思います。生活儀式の変化により、昔のようには行われなくなりましたが、この儀式の中に伝えられている精神は、今でもしっかりと生きています。ですが、いまだに野蛮な儀式だという中傷を受けることも少なくありません。

 2008年2月16日(土)18時半から、なごやボランティアNPOセンターにて、アイヌ文化総合講座の第6回『イヨマンテについて、アイヌと共に語る夜』が行われました。参加者は30名ほどで、名古屋近郊を中心に遠くは東京、新潟、神戸からも人が来ていました。内容は、はじめにイヨマンテについての説明があり、80年代に放送されたイヨマンテを取材した番組のビデオを見て、その後会場での質疑・応答がありました。


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講演する講師のEsamanさん。会場には色々な年齢層の人が来ていました(撮影筆者)

 この総合講座は2007年より連続講座として行われており、他にはアイヌ語教室やアイヌ料理教室などもあったそうです。主催は「なごやアイヌ語に触れよう会」で、なごや環境大学(実際に大学があるわけではなく、名古屋市内で行われるさまざまな団体の市民講座が対象となっている)の講座の一環でもあります。

 (講座の説明文より)
 イヨマンテは「クマを生贄にする野蛮な儀式」という偏見のもと、行政に禁止されたり、動物愛護団体に抗議をされたりしていますが、すべて偏見に基づくもので、内容や精神を理解しての抗議は一切ありませんでした。この講座を通じて「何故イヨマンテが行われるのか」についての理解を深めていただきたいと思います。

 ビデオをはじめとする講座のもようをご報告します。


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講演する講師のEsamanさん。

■ビデオの内容

 ビデオでは、80年代に旭川で行われたイヨマンテと、それに至るまでの過程が記録されていました。講師の説明によれば、この頃イヨマンテはもうすでに何十年も行われておらず、経験者の高齢化により伝統を失ってしまう危機感から行われることになったとのことでした。

 ビデオは、イヨマンテの復活に際し、テレビ局の取材を受け入れるのかという話し合いの映像から始まりました。賛成・反対それぞれの意見がある中、それでもテレビ局の取材を受け入れたのは、イヨマンテとそれにまつわる諸々のアイヌ文化を、映像に留めておくべきだという理由からでした。

 それから番組はチセ(家)の新築、宴に使われる小道具の材料集めと製作、そして本番へと進んでいきました。本番だけでなく、こうした準備の1つ1つの中にもアイヌ文化(先人たちの知恵や思想)が含まれていました。


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ユカラに出てくる登場人物の動きを、実際のチセ(アイヌの伝統的な家屋)の図を書いて説明する講師のEsamanさん。ユカラのお話は、昔の建物の中で展開される話も多いので、昔の家の間取りが想像できないと情景もわからないことが多いそうです。

■質疑・応答
イオマンテ・イヨマンテどっちなのか?
 イヨマンテとは、もともと、イ(それ)オマン(送る)テ(私が)であるが、イヨマンテの方が言いやすいので、イヨマンテと言うこともあるそうです。つまり、イオマンテ、イヨマンテどっちの言い方が正解でどっちは間違いということはないとのこと。

 これは前提としてアイヌ語には文字がなく、書き言葉ではなく話し言葉として発展した言語であるということを考えれば納得がいきます。

熊は神様への生贄ではないのか?
 アイヌ民族の宗教観では、熊そのものが神(カムイ)なのだそうです。だから超越した存在としての神がどこかにいて、その神に対し熊が「捧げられる」のではなく、神である熊をもといた神の国へ「送る」こと=「イヨマンテ」。

 アイヌ民族が考える熊とは一動物ではなく、肉や毛皮をもって「神の国」から「人間の国」にやってきた「神」なのだそうです。その証にアイヌ語では熊のことを「キムンカムイ(山の神)」と呼びます。つまり、行為としては「熊を殺す」ことであっても、アイヌ民族にとってその行為には「神を送る」という意味があるのだと改めて感じました。こうした、行為の意味を理解することが、文化を理解することなのでしょう。

イヨマンテはなぜ残虐と言われるのか?
 会場では、どうしてイヨマンテを残虐と思うのか、逆に理解できないといった意見や、イヨマンテが異質なものとは思えないといった意見が出て、それに関連し「と殺(食用を目的に獣畜を殺すこと)」の話も出ました。

 この質問に対し、会場で結論が出たわけではないので、ここからは私自身が考えたことを書きたいと思います。これは前の質問とも繋がってくると思うのですが、まず「殺す」=「残虐」と考える人にとっては、イヨマンテもやはり「残虐」なのだと思います。私は殺すことが一概に残虐とは思えませんが、まずこの点は押えておくべきです。

 つぎに「殺す」=「残虐性は一切含まれない」のでしょうか。いや、そんなことはありません。なぜなら、私は意味もなく命を奪うことはやはり残虐だと思うからです。このような私の「思い」から考えるに、残虐か残虐でないかの判断は、「行為そのもの」ではなく、そこにどのような「意味」=「意志の介在」があるかによって下されるようです。

 神を送るのは残虐でしょうか?それとも残虐ではないでしょうか?わけのわからない祭りでかわいい動物が殺されることは?自分たちが食べるために動物を殺すことは?金もうけのために大量の動物の命を奪うことは?人間の命を奪うことは?私たちはこれらの疑問が発するたびに判断を迫られるのです。

 しかし、そもそもこの疑問文そのものが間違っていたとしたら?イヨマンテが残虐か残虐でないかを判断する前に、イヨマンテにはどのような意味がこめられているのか知って欲しい、これが今回のセミナーに対する主催者の思いであると感じました。

儀式のクライマックス付近で熊に向かって射る花矢は、熊にとって痛いか?
 ここでいう花矢とは彫りが施された木製の矢のことで、クライマックス(熊を殺す)前に熊に向かって放たれますが、鉄の矢尻がついているわけではなく、殺傷能力はありません。熊にとって致命傷となるのは、疲れきった頃に木の棒で首を挟まれることだそうです。これにより熊は窒息し、死に至ります。

 その前に打たれる花矢が熊にとって痛いかそうでないかについては、熊は皮下脂肪が分厚いため痛くない、熊は遊んでもらっていると思って興奮しているから痛くない、などの意見もあるそうです。しかし、本当のところどうなのか、それは熊に聞いてみないとわからないとのことでした。

家はイヨマンテの度に新築するのか?あの家は寒くはないのか?昔ながらの生活をしたいか?
 映像ではチセ(家)の新築作業が写されていましたが、イヨマンテの行程としてチセの新築が含まれているわけではないそうです。映像のイヨマンテの時には、前にあったチセが老朽化していたので、せっかくだから新築したとのことでした。

 チセは茅葺きで、何百年も持たせるものというよりは、古くなったら新築するもののようです。このように家を何年かに一度新築していると、若い人も自然と家の建て方を覚えます。集団が小さくそれほど分業が進んでいない社会の場合、1人の人が何でもできることは、とても重要です。

 それからこのチセですが、見た目はそんなに温かそうではありません。映像のイヨマンテの時にチセに泊まった人たちは次の日には皆風邪をひいてしまったそうです。けれどこれは暖の取り方を知らない現代のアイヌが、暖めるには火をどんどん燃やせば良いと考え、それにより上昇気流が発生、かえって温度が下がってしまったためだそうです。昔ながらに、ちょろちょろと小さな火を絶やさずに炊いていれば、それなりに暖かいのではないかとのことでした。

 また、このような昔ながらの生活をしたいかという質問に対する答えは、「人による」とのことでした。私なども電気のなかった頃の時代に思いを馳せることもありますが、今もこうしてパソコンの便利さにあやかっております。

アイヌ民族の「長老」の位置づけは?
 「長老=霊的な力がある」とする民族の話を聞いたことがあるが、アイヌ民族の場合はどうなのか?という趣旨の質問でした。解答としては、アイヌ民族の場合は、霊的な力をもつかどうかに年齢はあまり関係がないとのこと。もちろん、長老は色々なことをよく知っているので、そういった意味で尊敬の対象にはなるのではないか、とのことでした。

イヨマンテを自分がする立場になったらできるか?
 講師の方から自分がイヨマンテをする立場になったらできますか?という質問がありました。イヨマンテは家畜として飼っていた動物を殺して食べるのではなく、自分の家族同様に可愛がっていた動物を殺して食べます。私は猫を飼っていますが、この猫のことを自分が殺せるかどうか考えてみると、複雑な気持ちになります。

 講師の方から熊の場合はある年齢になると人間に危害を加える可能性があるので殺す必要性があり、イヨマンテが生まれたのでは、といった説明もありました。また、映像に出てきた熊を世話していたフチ(おばあさん)は熊が殺されるのを見て「可愛そう、可愛そう」と言いながらも、捌かれて出てきた熊の肉を「旨い、旨い」と食べていたそうです。

 講師の方はこの辺の感覚はその立場になったことがないからわからないと言っていましたが、私はそれとこれとは別、どっちの感情も本当で、可愛そうだからってまずいわけではないし、旨いと言ったからって可愛そうと思っていないわけではない、と思いました。

 それから、アイヌ民族の中にもイヨマンテに反対という人もいるそうです。その人は自分が育てた熊のイヨマンテを経験しており、やっぱり可愛そうという理由から反対とのことでした。しかし、大きくなった熊を殺すことが可愛そうか、それとも檻に閉じ込めておくことが可愛そうか、その人の中でどちらの考えが優位になるかは、年齢を重ねたり、イヨマンテを何度も経験したりしているうちに変わるかもしれません。

 もちろん、それでも変わらないということもあるとは思いますが。同じようにその社会の中でも、環境や時代によって考え方は変わっていくものだと思います。だから、私たちは他者の文化について、現在の自分を基準に、安易に善悪の判断をし、干渉してはならない、と強く思いました。
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