最近 大瀧冬佳さんのYouTubeをよく見ています。
- 現実はスクリーン
- 自分は映写機
- フィルム(前提)が変われば映る映像も変わる
「世界は自分の内側の設定通りに展開される」
だからその設定
未来の設定を先に置いて、そこに自分を合わせていく
設定してそこに入り込む。
どれだけ入り込めるか?
が結構重要なのかもしれません。
でも、
私はその設定が浮かびません。
彼女のように
「こうで在る。成る」
という強いものがありません。
でも
内側を起点にし
固定をほどき
表現が内側と繋がっていて
在り方が先にある感覚
は共通しています。
私の場合
未来も「固定」できない層と感じています。
だから
彼女のエッセンスを少し取り入れる
すでにそうなっている位置に立つ
そうなっている前提をうっすら言語化する
現実を無理にいじらない
そう
すでにある自分の流れに
ほんの少しだけ「意図」を混ぜる。
そんな質の違い。
かもしれません。