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アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)が6月16日のFOMC(連邦公開市場委員会)で、タカ派的な姿勢を示したことで、市場が動揺している。

 とりわけ市場が驚きを持って受け止めたのが、FOMCメンバーの政策金利(FF金利)予想をプロットしたドットチャートだ。これによって従来は早くても2023年と考えられていた利上げの開始時期が2022年に早まるのではないか、2023年末までには2回以上の利上げが行われるのではないか、との懸念が高まった。メンバーのうち2022年の利上げを予想する人は3月会合時点の4人から6月には7人に増加、23年の利上げを予想する人は7人から13人に増加した。

 

 18日にはセントルイス連銀のブラード総裁が2022年中の利上げの可能性に言及したが、21日にニューヨーク連銀のウィリアムズ総裁が、経済回復は良好ながら政策を変更するほどではない、と火消しに回った。22日にはパウエルFRB議長が議会証言で、社会包摂的な経済回復を目指し、インフレを先制する利上げはしない、とのハト派的な方針を語った。



■一時的なインフレ率上昇は想定内のはずが…

 金融市場はすでに量的緩和(大規模な証券購入による資金供給)の縮小(テーパリング)を織り込んでいる。今年8月のジャクソンホール会合でパウエルFRB議長がテーパリングを示唆し、9~12月にその具体的な手順を示し、2022年の年明けから開始、というスケジュールだ。しかし、テーパリングは緩和の縮小にすぎず、利上げは引き締めなので局面が異なる。

 ポイントはポストコロナのアメリカ経済がFRBの目標とする2%のインフレ率を安定的に維持するほどの強さを保てるのか、FRBがそのような見通しを堅持できるのか、ということだ。

 2020年には金融政策はゼロ金利政策と量的緩和政策に舞い戻り、大規模な財政出動と合わせて、コロナ禍による経済の落ち込みに対応してきた。足元ではワクチン接種の進行とこうしたマクロ政策に支えられて需要が回復、昨年の落ち込みからの反動もあって、CPI(消費者物価指数)上昇率は4月に前年同月比4.2%、5月は同5.0%と上昇してきた。

 

 ペントアップディマンド(繰り越されていた潜在的需要の爆発)も高いインフレ率も予想されていたことではあったが、供給制約もあってFRBの予想を超えるものだったようだ。FOMCの経済見通しの中央値を3月と6月で比較すると、2021年の実質GDP(国内総生産)成長率は6.5%から7.0%へ、2021年の個人消費に関わるコアインフレ率は2.2%から3.0%へ上方修正された。22年については実質GDP成長率が3.3%で変わらず、個人消費のコアインフレ率は2.0から2.1%に持ち上がっている。

 

 アメリカ経済が専門のみずほリサーチ&テクノロジーズの小野亮プリンシパルは「パウエルFRB議長は、4月のFOMC後の会見でテーパリングについてまだ議論していないと語ったが、5月に議事要旨が公開されて、議論を開始していたことがわかった。今回も利上げについては話し合っていないとしているが、ドットチャートの急変を見ると信じられず、7月7日に公開される6月会合の議事要旨が注目される」と話す。

 一方で、経済指標については、ここから先は、旅行や行楽などのサービス需要が伸びても、家電製品やIT関連機器などの巣ごもりによる財の需要は剥落し、耐久消費財など先食いした分も下押し圧力になることが予想される。実際、高い伸びを示してきた住宅着工も4~5月は鈍化し、小売り売上高も5月は3カ月ぶりに前月比で減少となった。

 

 

■FRB見通しは再度修正を余儀なくされる

 小野氏は「FRBはタカ派すぎると思う。秋口にかけてインフレ率が下がっていけば、当然、FRBの見通しも9月に修正されてくる。2021年のインフレ率は下振れリスクがなくなり昨年の反動で高止まりするとしても、ベース効果だけなら1年経てば落ち着く。FRBが思い描くようなその後も上昇を続けて2%を超えていくところまでは、いかないと見ている。コロナ前の好環境でもインフレ率は1.7%しかなかった」と指摘する。

 

 BNPパリバ証券・経済調査本部長の河野龍太郎氏は「市場は先走りすぎ。結局はシーソーゲームで、こうしたことが起きると、株価も下がって、金利も低下する。モノの需要が減速し、中国の輸出も落ちてきている。指標次第でFRBの姿勢も市場の見方も変わる」と話す。

 さらに、注目するのは新興国リスクだ。「先進国はモノの需要が剥落してもサービス需要が回復するからいい、という発想だが、ワクチン接種が遅れていてモノの生産に頼っている新興国からは資金流出が起きている。新興国のリスクを考えるとFRBの動きも修正を余儀なくされる」(河野氏)。

 

 持続的なインフレが出現するか否かは、結局、賃金が持続的に上がるかどうかで決まる。これはまさに日本にとっての大問題だが、アメリカも構造的な問題を抱えてかつてほど上がらない。コロナ危機前にも、失業率が下がってもインフレ率が上がらない(フィリップスカーブの水平化)という状態が続いていた。

 だからこそ、FRBは2020年8月に新たな金融政策の枠組みとして、インフレ期待を持ち上げるために2%をオーバーシュートするインフレ率がしばらく続くことを許容するとした。前FRB議長で現財務長官のイエレン氏はインフレのリスクがない限り、雇用の最大化を目指し続けるという高圧経済論を展開した。低成長、低インフレ、低金利の定着といういわゆる「日本化」に陥ることを回避したいというものだ。

 

 非農業部門雇用者数はコロナ禍前の2020年2月と比較すると、760万人下回っている。100万人程度は需要の回復や手厚い失業保険給付の解消、子どもが学校に戻れることによる親の職場復帰などで回復が見通せる。



■構造的な失業問題はなかなか解消せず

 だが、そこから先はどうか。「企業はスキルを持った人が欲しい、あるいは対面サービスができる人が欲しいが、働く側はスキルが不足している、対面サービスの仕事には就きたくない、などのミスマッチがある。こうした構造問題は容易に解消しない。消費者の値ごろ感もあるので値上げは難しく、そうなると賃上げも続かない。2022~23年にはまたしても、FRBはフィリップスカーブの水平化の問題に直面するのではないか」とみずほリサーチ&テクノロジーズの小野氏は予想する。

 

 BNPパリバの河野氏も「FRBは2つにわけて考えている。雇用者数の増加の数字を見て、テーパリングは決められるが、利上げはそうはいかない。人種やジェンダーの雇用問題、スキルが不十分で8時間働きたいが3時間しか働けないなどといった労働参加の実態を社会包摂的な意味で見て判断していくだろう。そうした問題がある程度解消されないと賃金は上がっていかず、継続的なインフレ上昇にもならない。そこまでには距離がある」とする。

 

 アメリカには起業の精神があり、価格への需給の反映も日本よりもずっと柔軟だ。しかし、現下のアメリカのペントアップ需要での盛り上がりに対して、欧州や日本の回復はこれからであるし、新興国はまだ厳しい状態にある。アメリカも社会における格差の問題などコロナ前の構造問題は何一つ解決したわけではない。中長期で見たインフレ率や潜在成長率の改善はハードルが高いだろう。利上げ観測は再び後ろ倒しになるのではないか。

 

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