【小説】コメダおじさんのひとりごと ー小町三姉妹ー | 元コメダスタッフのブログ

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コメダバイトは卒業しましたが…
コメダにまつわる日々の出来事をお伝えします

ワタシの名前はコメダおじさん。

 

コメダにいるおじさんだから「コメダおじさん」とは、そのまんまの名前だ。

しかし、それはそれでワタシは気に入っている。

 

そうそう、名前といえば不思議なエピソードがある。あれはちょうど一年ほど前のことだろうか…今と同じくらい暖かい飲み物が恋しい季節だった。

 

 

「いらっしゃいませー!お客様はお一人ですか?」

上品な象牙色のコートを見に纏い、胸元にはキラリと光るペンダントを付けた女性が一人、入ってきた。

 

「すみません、後からもう2人来ます…」

「はーい、それではどうぞこちらにお座りください」

コツコツと靴音を鳴らしながら、女性は案内された席へと座った。コートを脱いで席に置く。

 

スタッフがワタシグラスとおしぼりを3人分トレイに乗せて女性客へと向かった。

「いらっしゃいませ。他のお客様のお水とおしぼりはどうなさいますか?」

「あ、そうね。来たときに出してもらうわ」

柔らかい声の女性は遠慮がちにそう告げると、スタッフはかしこまりましたとトレイを胸まで引き、ご注文が決まりましたらボタンを押してお呼びくださいと言って去って行った。

 

ホッとため息をついた女性は、ワタシグラスの水に少し口をつけると、おしぼりの袋を破いて取り出した。綺麗に畳んで横に置くと、メニュー表を開く。四十路くらいだろうか…あまりジロジロ見ては失礼だが、それなりに人生歩んできた経験がありそうだ。

 

「あんまりお腹は空いてないのよね…」女性は誰とはなしにそう呟きながら、メニュー表をパタンと閉じてしまった。

 

バッグからスマホを取り出すと、何やら操作し始める。おそらく待ち合わせの方々と連絡を取り合っているのだろう。

 

遠くから「いらっしゃいませー!」と聞こえてくるたびに、入口をチェックする女性。何度か同じことを繰り返した後、ようやく当事者を見つけたのか、新しく入ってきた客人に手を振っている。

 

「おまたせー!ごめんね遅くなって!!仕事がなかなか片付かなくって」

「いいのよー。今の時期は特に大変よね。すみちゃんもまだだし」

「すみも色々と大変だと思うわ。もう少し時間かかるかもしれないね」

「先に何か頼んでおく?」

「そうねー、私、お昼まだなんだ、お腹空いちゃった!」

「あら、そうなの?じゃあしっかり食べなくちゃ」

2人は友達なのか身内なのかわからないが、どうやらとても親しい間柄のようだ。長年ここで見ていると、客人同士が纏う空気で、おおよその関係がわかってくる。

「さくちゃんはどうするの?もう決めた?」

「私はあんまりお腹空いてないから飲み物だけでいいわ。お姉ちゃんは何か頼みなよ」

「そうね、じゃあ遠慮なく!」

なるほど、やはり姉妹のようだ。

ボタンを押して間も無くスタッフがやってきた。

「私はホットで」

「私は…グラタンにしようかな」

「かしこまりました。ホットにはミルクをお付けしますか?」

「お願いします」

スタッフが去ると、お姉ちゃんと呼ばれた女性はふーと伸びをした。

「仕事はどう?生徒たちは相変わらず?」

「もちろん言うこと聞かないったら!まあそれは仕方ないけどさあ、それより問題は保護者だよねー」

顔を顰めながらワタシグラスの水をグビっと飲み干すと、ぷはっと勢いよく息をついた。

それからお姉さんは、さくちゃんに向かって愚痴をこぼし始めた。途中でホットが運ばれてきたが、全くお構いなしだ。

いやはや、教師という仕事は大変だと何度も聞いているし、客人が拡げる新聞からもたくさん情報を得て入るが、やはり聞きしに勝るものらしい。特に人間関係がしんどそうだ。今日も土曜日というのに、学校に半日いたからねえとぶつぶつ言いながらも、結局辞められないのは教師が好きだからなんだろなあと自分で苦笑いしていた。

さくちゃんは黙ってうんうんと聞いてあげている。

「コメダグラタン、お持ちしました」

スタッフが大業そうにグラタンを運んできた。「お熱いのでお気を付けくださいませ」

グツグツと煮えたグラタンには刻み海苔がかかっており、一層食欲をそそる。一緒についてきたバケットもそばに置かれた。

「ご注文は以上でよろしいでしょうか」「はい」「では伝票、こちらに失礼します」

スタッフは一礼して去っていった。

「わぁー美味しそう!」お姉さんはルンルン気分でスプーンを手に取ると、ハフハフ言いながらグラタンを口に運んだ。

「んー!アツアツで美味しい!!」

そうでしょう、コメダのグラタンはクリーミーで濃厚。寒い冬には是非とも食してもらいたい一品だ。

「そういえば、うちのグラタンはジャガイモがゴロゴロ入ってたね」

「お母さん、ここぞとばかりにジャガイモ入れまくって、正直あんま好きじゃなかったなあ」

「その割にチーズが少なくて、まるでシチューだったよねぇ」クスクスと笑う2人。御母君は大胆な料理が得意だったのかな?

 

そのとき「ごめーん!お待たせ!!」と最後の一人がやってきた。すみちゃんという女性だろうか。2人より若干若そうだ。

「いいよー。私もさっき来たとこだし。さくちゃんはだいぶ前かもしれないけど」

「大丈夫よ、忙しいときにゴメンね」

「ううん、お姉ちゃんたちこそ~。何それグラタン?私はどうしようかなぁ…」

メニュー表をパラパラとめくっていたすみちゃんは、はたと手を止めて凝視した。

「ねぇ…私、初めてこのお店に入ったんだけど…」あるメニューを指差した。

「見てみて!この『小豆小町』ってやつ。私たちの名前そのまんまだよー!」

「えぇ!?」2人が同時に叫んだ。おや?

確かに小豆小町三姉妹ドリンクには、それぞれ名前があるが…

どれどれとメニューを見つめる。「葵(あおい)」「桜(さくら)」「菫(すみれ)」の名前が載っているが…

「あらら、あおいとさくらとすみれ。すごい!私たちの名前通りだわ!!」

ということは、こちらの三姉妹、グラタン食べてるお姉さんが「あおい」で、最初に来店したのがさくちゃんこと「さくら」、今しがた来たのがすみちゃんこと「すみれ」ということか!

なるほど!まさか本物の三姉妹が登場するとは。

ワタシは驚いてしまい、思わずコーヒーカップを落としそうになった。アブナイアブナイ…ふぅ。

「じゃあ、私この『すみれ』にしよう!ホットがいいかなぁ」

「えー、じゃあ私も!『さくら』でおかわりしよ」

「私も『あおい』頼んじゃおう!」

早速スタッフを呼びよせた。「すみません、この小豆小町ってどんな飲物ですか?」

まずそこを聞く。

「コメダ特製の餡子が使われたドリンクです。『あおい』は餡子とミルクと珈琲、『さくら』は餡子とミルクと紅茶、『すみれ』は餡子とミルクが入っております」

「へぇー。なるほどね、どれも餡子がベースなわけね。」「面白そう!餡子とコーヒーなんて斬新」

みんな納得しながらそれぞれに注文した。




スタッフが伝票を持って立ち去ると、3人は改めて顔を見合わせた。

「なんか運命的なものを感じるわねぇ」

「すごいねー!」

しばらくは三人の近況報告となっていたが。

 

「それでお母さんの調子、どう?」

「うーん、こないだ行ったときは元気は元気だったけど…」

「お父さんいなくなって、ずいぶん気落ちしてるからね…」

 

おやおや…御母君の具合があまり芳しくないのだろうか…

 

「お父さんに頼り切りだったからね。精神的にもさぁ」

「うちに呼びよせてもいいけど、受験生がいるからな…それにお母さん自身、今の家から出たくなさそうだし」

「しばらくは私たちが交代でお母さんの様子を見に行くしかないわね」

とそこに「お待たせいたしました。小豆小町でございます」スタッフがドリンクを運んできた。

話はいったん中断、小豆小町に見入る3人。

「わぁー、美味しい!」それぞれカップに口をつけてこくんと飲むと、頬をほころばせた。

「餡子って意外と何でもあうよね」

「コーヒーともあうなんて、目からウロコ~」

「紅茶ともね!」

「何しろ名前がイイね!今度からコメダに来たらこれ頼もうっと!」

それから3人娘は、お母さんの話をし続けた。結論としてはしばらく御母君の様子を交代で見に行くことになったようだ。

「今度はお母さんも連れて4人で来てみようか」

「そうだね、お母さんもビックリするじゃない?自分の娘たちの名前がメニューにそっくりそのままあるなんて」

「少しは外に出る気になってくれるかもしれないわ」

ドリンクのお供である豆菓子は、各自お土産にしてバッグに仕舞う。せっかくの美味しい豆菓子だから、是非食べて欲しい。

 

小豆小町三姉妹…もとい、三姉妹はお会計を済ませると仲良く出て行った。

 

 

☕️☕️

 

…それが昨年の出来事。それっきり、三姉妹は来ていない。すなわち御母君を連れてくることもなく今日に至っている。

 

あの三姉妹はどうなったのか、誰かが小豆小町のドリンクを頼むたびにふと思い出すのだが。

 

「いらっしゃいませー!」

と、おや?

おやおや。噂をすればなんとやら、見覚えのある女性グループが入ってきた。今日は最初から三姉妹一緒だ。

 

奇しくも前回座ったところと同じテーブルが空いていて、そこに腰を落ち着けたようだ。

 

早速スタッフがワタシグラスとおしぼりを持って彼女達に向かってゆく。

 

誰もメニュー表を見ようとしない。スタッフが水とおしぼりを置いた直後にすぐに注文した。

もちろん…いわずもがな…である。ただし、今回はアイスドリンクにしたようだが。





「結局、お母さんをここに連れてこられなかったね」

「仕方ないわよ…あの後からバタバタだったもの」

「でも、私たちのドリンクの話はしたのよ。そしたら珍しく笑ってた!」「えー、そうなんだ!」

 

「お待たせいたしました」

それぞれの名前と同じドリンクが置かれてゆく。

 

「あー、美味しい」

「下の餡子の甘さがちょうどいいわね」

「私、牛乳好きだから菫でよかったわ。もしかしたら私のためにつくられたかも?」

「それはないわー!」2人が笑いながら豆菓子をお皿に転がした。

ちょっと味見させて!など、仲良しの姉妹トークは続く。いくつになっても姉妹の会話は同じトーンなのだろう。

 

「お母さん、お父さんのとこに無事に行けたかしら」しばらくの会話の後、桜を飲むさくらさんがポツリとこぼした。「きっと大丈夫よ!お父さんが心配して迎えにきてくれたんじゃない?」と葵を掻き混ぜるあおいさん。

「ほんと、仲良しだったもんねー」

「喧嘩したとこ見たことないし…」

頷き合う。

「そういえば、すみちゃんとこのゆいかちゃんはどうなった?」

話は親族から別の親族の話へ…しばらく尽きることはないだろう。

 

そうか…御母君は御父君のもとへと旅立たれたようだ。しかし三姉妹の話からすると、あちらでも十分やっていける様子だ。それなら安心だろう。

 

グラスに残る餡子をロングスプーンで丁寧に掬いゆっくりと口にする三姉妹。御母君もまた、三人の御息女に囲まれて幸せだったことだろう。

 

「手続きはほとんど終わったけど、いまだに実感湧かないなぁ」

「ほんとだよね…まだあの家に住んでるみたい」

「もうしばらくはあのままでいいよね…」

 

「ねえ、ここの豆菓子買っていこうか。お母さんとお父さんの御供えにさ!」

「あ、それいいね!そういえば羊羹なんかも売ってたよ!」

などと言いながら三姉妹は帰り支度を整え、レジへと向かったようだ。

 

レジの上にぶら下がるランプにもワタシはいる。

 

豆菓子と羊羹…おや、コメダ特製餡子も3個ご購入されたぞ。「家でも作ってみない?」というあおいさんの声が聞こえてきた。それはいい。是非とも作っていただきたい。

 

 

 

買って満足気な三姉妹を見送りながら、ワタシは呟いた。

 

小豆小町の三姉妹さん、またのお越しをお待ちしていますぞ…