日本人の15人に1人『ディクレクシア』
学校の先生たちは知っているだろうか・・
「字は自然と読めるようになるものだ」
「練習をすれば書けるようになるものだ」
と思っている先生は多いのではないか。
知的能力に問題はない
生まれつき読み書きができない脳の障害
「ディクレクシア」
怠けではない
勉強していないわけでもない
スティーブン・スピルバーグ
トム・クルーズも公表している
書字障害は、繰り返し学習してもできるようになる訳ではないと言われている。
でも、先生たちはノート書かせるでしょ
読み書き練習させるでしょ
でも、それ辛くなって学校こなくなりますよ。
では、どのように学校で過ごして言ったら良いのか
本人も家族や先生も困ったな〜と思うのでしょうね
今は一人一台タブレットが配られた時代
先生!
「やり方を変えればできる」と思いませんか?
書けなくてもタイピング練習して変換できれば表現できる
読むのがスムーズじゃなくても、音声で聞ければ理解できる
ICTを活用すれば、良いのではないか
ひたすら何行も練習させたり、ひたすら読ませたりするのは
教育ではなく、辛い修行だ
教育というのは、学習の習得だけではなくて
子供が自分に自信を持って、自分の力を生かして生きていけるようにすることではないか。
となれば、自信を喪失させるようなやり方を続けていてはいけない。
今すぐやめて!ノート練習!板書させること!紙テスト受けさせること!
「怒ること!!」
自分の担任するクラスの子に、ディスレクシアの子がいたらどうしますか?
気づかれず、助けを求めることもできず、自分でも悩んでいたら・・・
この世の中は多数派のやり方が当たり前になる
まだまだ「多数派社会」特に学校はそう。少数派にとっては地獄になるよ。
「人と違う」ということがおかしなこととして見られがち
「人と同じようにすること」が当たり前と思われている。
だから学校でもみ〜んな同じやり方する。
でも!待って!
もともと同じ人なんていないんだよ。
みんな違うんだよ。
ディクレシアやギフテッド、障がいある人々も
それぞれの学習の仕方ややり方、生き方が認められる社会であってほしい。
自分にあったやり方を見つけられるように支援してあげたい。
もう令和です。「明治時代から教育」いつまでやりますか。
終身雇用時代じゃないぞ。
根性時代じゃないぞ。
年功序列時代じゃないぞ。
苦手克服時代じゃないぞ。
一人一人が自分の強みを生かし、互いに認め合い助け合って豊かな社会・日本を築いていってほしい。
学校は、その未来の先駆けであってはならない。
学校に勤める先生は
仮に「みんなと違う」と思ったとしたら
「みんなに合わさせよう」とするんじゃなくて、まずその子に寄り添うことを大事にしてほしい。
絶対孤独にしちゃダメ。
絶対自分のやり方に当てはめちゃダメ。
その子の気持ちや困り感に寄り添って、子供の個性を最大限伸ばせるようにするにはどうしたら良いか、一緒に考えていってほしい。自信を失わさせてはダメ。
「学校嫌だ」「自分はダメだ」と思わせたら、もう教師失格だと思ったほうがいい。
目が悪い人は眼鏡をかけるでしょ?
眼鏡とコンタクトどっちが良いか、選ばせるでしょ?
その子が困っていることがあるなら、何がいい?って選ばせたらいい。
今の世の中には便利なものがあるんだから
いろんなツールを紹介・活用できるくらいの余裕と知識を持っていてほしい。
教師として、プロであるべきだ。
先生が働き方改革を訴えているように
子供たちにも学び方改革を訴える権利があるよ。