第25話 『後ろ姿』

 ヨンヒはかつての行きつけのご飯屋さんで一人飲んでいた。

食堂のおばさん、ヒョンジェが時々来ると言い、丁度現れた彼に

「噂をすれば影が差す、だね」  【←久し振りに”差す”までの表記を見ました~】

彼がまだ指輪をしているのを 「早く外さないと」 

「ヨンヒや、僕は僕のままだよ。何も変わっていない」

「そうね、何も変わってない。私は相変わらず不幸で、

 あなたとこの不幸を分かち合いたくない」

「君が君の不幸から逃げろと言っただろ。今、僕がどこにいるか分かる?僕の不幸の中。

 また君の不幸の中に行かせてくれないかな?僕の不幸は・・・とても辛いんだ」

首を横に振るヨンヒ。 二人、外に出る。 酔ってるヨンヒに、

「今日は足だと思って、、、」と言ってヨンヒに背を向けてしゃがむヒョンジェに

「何にでもなるのね」  「何でもしてあげたいんだ、乗って」 ヨンヒは母を想う。

幼い頃、

「早く帰ってね」 母の後ろ姿ばかり見ていた。仕事に出掛ける母の背中、帰宅後酒を飲む母の背中、「最悪だわ」と反発していたが、思い返せばその背中は子供を少しでも幸せにしようと一人で泣いて、苦しむ母の顔だった。「何か欲しいものは?」「お菓子」「帰りに買ってくるわね」

「背中は誰かを背負うためにあるのね」

容易く母を忘れたと思っていたヨンヒだったが、涙を抑えることが出来なかった。

 

一日だけ別れる前に戻りたいと一日を共に過ごしたウヨンとスだったが、

ウヨンの表情は終始硬かった。  一日の終わり、古い街並みを歩きながら、

「土曜日に写真展が始まるんだ。来る?」

「スや、芝居はもう止めよう。 私達は終わったわ」 「ウリ、もう一度始めることは出来ない?」

「あなたの好きにできる私じゃない」  「諦めたのはお前だろ」  「本当に私なの?」

「一日に数回あった電話が一回になり、最後は簡単なやり取りだけ。変わったのはあなたよ」

「時差のせいだ。寝る前に電話したらお前は仕事をしていて。

 朝目覚めたらお前は寝る準備を。時差のせいで連絡が減っても平気だと言っただろ。

 全部理解してると言ってたじゃないか」

「じゃないと私が惨めだから。 愛されたくて理解するふりをしたけど、あなたは遠ざかった。

 別れもすんなり受け入れた」

「距離があるから何も出来なかった。辛いというお前を引き留められない。

 もう少し努力して欲しいと言ってくれれば良かった」

「スや、私たちの愛に不安があったの。本当に私が好きなのか、嫉妬を愛だと

 錯覚しているんじゃないか。不安だと素直になれなかった、言えば離れていきそうで」

「いつも俺を疑って自己完結する。勝手に愛して別れを告げる。俺は愛だと思ってた。

 片想いだったんだな。 お前は不安に耐えようと、俺は連絡しようと努力した。

 そうやって、終わった」

「そうね、 すべてが過ちだった。 もう未練を残さずに本当に終わらせよう」

【二人の周りの灯りが一つ、二つと消えていく スの希望が消えていくようで印象的】

「これからは、ご飯をきちんと食べて、しっかり寝て、元気でいてね」 

そう言い残しウヨンは去っていった。

 

スの自宅、 母がソファに座ってスの帰りを待っていた。

「お帰り、食べ物が無いと思って、寄ったんだけど、、、アドゥル、何かあったの?」

「帰国すれば元に戻るはずだと・・・俺がまた間違えたよ」 

涙を流す息子を優しく抱き留める母だった。

スの回想、”後ろ姿には理由があった” ”その理由に気付くのが遅すぎた”

ーーーキツネの傷と努力を誰も知らなかった。もう一回落ちればキツネは死んでいた。

 その後ろ姿は生きる為だったのだーーー

 

【ウヨンの不安感は心の中の問題で、元気な心を持った人間にはなかなかその心情は解らないものではないだろうか。耐えきれない不安から逃れる選択をしたウヨンをスは理解した。

人は絶えず自分を傷つけるものから身を守ろうとする。それが、人の悪意だったり、無理解だったり、重圧だったり、差別だったり、世の中には余りにもそうした刃が溢れている。

それがウヨンには”不安”というものだったのだろう。だが、それは外からの刃ではなく内なるもの。そこから逃れるのは容易ではない。スよ、君は”間違った”と言ったけど、気付くのが”遅かった”のだ。ウヨンへの気持ちに気付くのが遅かったように。それが君の特徴なんだろうね。ウヨンには又争い事が苦手で、間違い電話にも長年気付かないようなどこか鈍臭さが彼女の特性なんだろう。そうしたことから来る自信の無さが”不安”を生むような気がする】

 

第25話 続く