〜好き勝手な書き物〜・白・ のBLOG -41ページ目

忘れる、とは。

勉強は継続こそが大事。でも、やってりゃ良いという問題でもない。

それを、質 と表現するのかもしれないが、それも実は少し違っていたりする。というか、質の高い勉強と質の低い勉強の違いなんて、本当にあるのだろうか?

一度やって、覚えました。これは、質の高い勉強の成果なのかもしれない。でも、それがじゃあ、翌日も覚えているか?と言うと、それは微妙だ。一週間後には忘れてるかもしれない。

そのとき、それは結果的に忘れてしまったから質の低い勉強だった、ということになるのか?

決してそんなことはない。

重要なのは、人は忘れる生き物だ、ということだ。

人は、覚えたものを大抵忘れる。センセーショナル的に覚えていることはあるが、それは人生でもごく一部。


そのため、忘れること前提で勉強を継続させなくてはいけない。
ただし、忘れることを前提で、忘れないように覚える、というのは、実はけっこうな無茶だ。

試験で、何が一番大事なのかと言えば、試験で点を取ることだ。
試験で点を取るために、勉強しているのだ。

忘れたっていいじゃない。試験で点が取れるようになれば。

ここを、受験生はあまり意識していない気がする。

何が言いたいか。

勉強は、覚えるためにやるんじゃなく、知識の呼び起こしを素早くできるようにするのだ。

だから、極端なことを言えば、別に今は忘れてもいい。試験前日に知識を呼び戻せて、即点数に繋がるようにできれば、それで問題ないのだ。

そういう考えでいれば、今焦ってやみくもにあれもこれもと手を広げる必要もなくなる。

勉強は、長期的な視野に立って、計画的にやっていけば、忘れること自体はそんな大きな問題ではない、と気づけるのだ。

名刺について。


名刺が無駄、という話がTwitter上で少し話題になっていたので、ちょっと書いてみよう。

名刺って、無駄なんですかね?どうでしょう。

僕は名刺を持ったことがないので分からないですけど、確かに、どっちかというと、貰う方よりは渡す方が満足して終わり、って感じもしないではないですけども。


ホリエモンさんとか、モギケンさんとか、そういう超有名な人には名刺なんて必要ないですよね。絶対必要ない。でも、大多数の一般市民には、自分を知ってもらう機会、興味を持ってもらう機会って、本当に少ないと思うんですよ。何か特別な能力があるわけでもなければ、優れた考えも、知識もない、と。

完全実力主義で得する人って、実力のある人だけですよ。別に、無能な人が得する社会じゃなくてもいいんですけど、普通の人もソコソコやっていけるような社会じゃないと、殆どの国民は仕事なんてなくなるんじゃ?と思います。

そういう意味で名刺は、普通の人が自分をアピールする数少ないツールの一つなんじゃないですかね?Facebookとかもありますけど、まだまだメジャーじゃない。

ま、名刺貰っても連絡しない人が殆どだから、貰った名刺どうすんのこれ?って所はあって、そこはどうにか改善する術がほしいところ。管理アプリとか、そういうレベルのものじゃなく。

渡した瞬間、消えて無くなるとか。そういうのが良いよね。


名刺に代わる便利な自分アピールのツールがメジャーなものになれば、そっちに行くだけじゃないですかねぇ。

ブログ


アメブロ、最近ほんとダメだな。更新した日よりしない日の方がアクセス数多いのも意味不明だし、何より検索が死んでるよね。

PV稼ぎやアフィリエイト対策で、単語を無駄に羅列してるのとか、毎日同じ言葉書いてるやつとか、そういうあからさまなやつは、全部検索の対象外にしてほしいものだ。

久々の晴れ?

札幌、久々の晴れって感じですね。まだ寒さは残ってますが、ようやく春を実感してます。

最近は特に大きなニュースもなく。

96条の改憲議論がよく分からない件。


改憲議論がメディアでは活発になってますけど、なんか、よく分からないですね。興味がないから、かもしれません。

今は、主に96条改正が話題ですよね。

まず、発議要件を緩和すると権力の暴走が~とか言いますけども。国会議員はあくまでも発議するだけで、最後の決定は国民投票で決めるわけだから、暴走とは違うんじゃないかな。

それよりは、マスメディアの思い通りになることや、国民の個人個人の情報リテラシー能力の低さの方が問題だったりする。


次に、アメリカによって作られた憲法が~というのも。

そうは言っても、それで66年?やってきたんだから、今さら言ったところでどうしようもないでしょう。

現憲法を破棄して大日本帝国憲法を~というのは論外過ぎなんですよ。


単純に、今の憲法は現代の日本社会に合ってないところがあるから、変えましょう、じゃダメなの?と思ってしまいます。どの条文を変えるのかではなく大事なのは、どこが現代社会とズレてて、どう改正すれば良いのか、の議論だと思うんですよ。

96条の改正の議論なんて、全然論点としては的外れ。今さらかよ?って感じるわけです。


つか、議論とか話し合いとかしても、結局お互いが譲らず平行線のまま66年来たんだから、今さら議論もへったくれもないんだよね。

もう、議論も話し合いも尽くされてるわけですよ。憲法改正の事例なんて世界中にあって、メリットもデメリットも出尽くされてるわけです。もう、何十年も前に。


あとは、誰かが決定するだけ。
やるの?やらない?と。


それを今さらメディアが騒ぎたてるのは、メディアの怠慢以外の何物でもないですよね。(確信犯的にやってるんでしょうけど。)