他者との比較は楽しい?!
最近、脱力感がある。それも、他者と比較してるから、他人を見て自分をしっかりみていないから、という、それだけのことで、頭では理解してるし、比較しないこともできないわけではない。
だが、そうもなかなかできないわけで。それが人間の難しいところかと思う。いや、やろうと思えばできるんだが、もう少し他者と自分を比較する、ということをしていたい自分もいたりして。なんか、よく分からないな。。
他者と比較するこ とは、もちろんメリットもデメリットもある。そこをしっかりと知った上で、上手くモチベーションをコントロールするためにあえて比較する、というのは、今の自分にはいいことだと思っている。
時に強い脱力感を感じる代わりに、モチベーション維持を持続させているという、トレードオフでやっているのだ。最終的に脱力感が勝るか、モチベーションが勝るか、という綱渡り的ではあるが、今はこれが最適だ。
比較対象が存在するおかけでモチベーション維持ができているのはいいことだが、対象の存在が大き過ぎれば、到底適わないレベルなのではないか、というプレッシャーに近い感情も入ってきたりすると、けっこう辛かったりもする。
だが、そこは、自分には絶対できる、という強い意志との闘いでもあり、そういう自分をどこか楽しんでいる節もあり、これが癖になったりするのだ。
だが、そうもなかなかできないわけで。それが人間の難しいところかと思う。いや、やろうと思えばできるんだが、もう少し他者と自分を比較する、ということをしていたい自分もいたりして。なんか、よく分からないな。。
他者と比較するこ とは、もちろんメリットもデメリットもある。そこをしっかりと知った上で、上手くモチベーションをコントロールするためにあえて比較する、というのは、今の自分にはいいことだと思っている。
時に強い脱力感を感じる代わりに、モチベーション維持を持続させているという、トレードオフでやっているのだ。最終的に脱力感が勝るか、モチベーションが勝るか、という綱渡り的ではあるが、今はこれが最適だ。
比較対象が存在するおかけでモチベーション維持ができているのはいいことだが、対象の存在が大き過ぎれば、到底適わないレベルなのではないか、というプレッシャーに近い感情も入ってきたりすると、けっこう辛かったりもする。
だが、そこは、自分には絶対できる、という強い意志との闘いでもあり、そういう自分をどこか楽しんでいる節もあり、これが癖になったりするのだ。