SNS時代の戦争 | 米の心

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ロシアのウクライナ侵攻については様々に言われたりしますね。ロシアは本来もっと短期での決戦を望んでいた、ウクライナ相手に苦戦しているなどと言われたりもします。

まぁロシアはそもそも大国ですが攻めるに向いている国ではなかったりします。例えば仮に今他国がロシアを攻めるとされると途端に苦しくなるでしょう。実は守るにしても広大すぎて戦力の集中が難しく、あちらこちらから攻められると厳しい国ということができます。

ただ、それでもあえて言えば攻められたとしても攻め落とされるところまでいくかというとその点は広大だからこそそこまでは難しいですね。

ロシアを攻め続けるということは、奥にけば行くほど本国から遠くなり、兵站が縦長になって行くことになります。そこで安定供給するというのは難しく、攻める側が体力切れになるというわけです。実際にそうなったのがナポレオンのロシア侵攻ですね。

その広大な土地を生かした耐久戦となれば、ロシアはその強みが行かせるわけです。

よって、この戦争の結果がどうであろうと、ロシアという国が地図からなくなるみたいなことを言う人もいますがそれは現実的ではありません。たとえロシアと敵対したとして、その広大な領土をロシアから奪い取るということは到底無理だからです。

特にロシアの場合は、今は天然ガスなどの資源が豊富ですが、その広大な土地の中で土地としての価値が高いところ高く無いところがはっきりあるでしょうから、魅力的で無いところには需要がないわけです。よって、そこまでしてロシアを解体させるとことにはそもそもなり得ないわけですね。

というよりは、今回の戦争はあくまでウクライナとロシアという構図であり、ロシアがウクライナを攻めきれない中で停戦となったところで、他の国がどうこうできるわけではありません。ウクライナ側が勝利してもロシアの土地を奪えるかといえばそうはならないでしょう。せいぜい賠償を請求できる程度です。

ロシアの経済が破綻した場合、その影響は世界中に広がりますし、ロシアを壊滅させるメリットというのは国際社会的にはありません。だからこそ、表立った動きというのは各国はしないわけです。

さて、今回の戦争というのはある意味で本格的にSNSが普及した後の戦争とも言えるかもしれません。

クリミア併合の時もすでにスマホは普及していたとは言え、ここまで誰もがもち、ネット社会になってからという意味で言えば今までにはなかった状態とも言うことができます。

戦争といえば野外での戦いを彷彿する人は多いかもしれません。実際自衛隊などの演習も、野外に穴を掘って守るなんてことをしたりします。

しかし、近代武器の発達や航空機の制空権などがでてくる中で、直接拠点に対して攻撃する、あるいは市街地戦というのがより増えたとも言えるかもしれません。

SNS時代の戦争として考えた時、この市街地戦だからこそそれが意味合いを持つとも言えます。

これが野外での戦争でいえば、ネット活用をどこまで行かせるか難しいと言えます。野外で人がほとんどいないところの場合反対に携帯などを使えば、傍受され、位置を特定されるリスクなども出てくるといえます。だからこそ独自の通信網を用意したりするわけです。またそのようなところに市民は原則いないわけですから、市民からの情報というのも期待できないでしょう。

一方でネットに繋がり、市民がSNSなどで自ら発信できる時代になると、真実、デマ含めてありとあらゆる情報がSNSなどを通じて発進されることになり、それは市街地戦ではより明確に出ると言うことになります。

単純にSNSによる情報戦をするではなく、世界に向けて酷いシーンを見せつけて訴えかけたり、反対に敵国兵の士気を低下させる映像を見せつけたりとSNSによる情報は、今までの戦争ではありえなかったやり合いというのが増えたということになるわけです。

イーロンマスクがウクライナに衛星からの通信を提供するようになり、今までは基地局、通信を壊せばどうにかなっていたところが、宇宙からでは現代兵器では攻撃することができず、結果ウクライナのネット通信というところを弱体化することを困難にさせています。

まさにそれらを含めて今の時代の戦争というのを感じさせるのが今回のウクライナ侵攻ですね。

また、今回のウクライナ侵攻においては、写真や映像というのがNFTとして売りに出されています。戦争のシーン一つを記録として残し、それをNFTとしてビジネスに転化させているというわけです。NFTはしばしばゲームなどの世界との親和性が高いと言われていますが、このような使い方の方がより現実的にそれを示しやすいと言うことができます。

この点でも、今ならではの技術が戦争ということができます。あるいはairbnbで現地の人にお金を送るという手段もまた今まででは考えられなかった手法といえます。

ウクライナ側の動きを含めこの戦争はデジタル時代の戦争として今後非常に大きい転機になると言えるかもしれません。デジタルが、ネット社会が本格的に明確に戦争に影響を及ぼすようになった戦争なわけです。軍事力、単純に兵器などではない面での戦争の変容がそこにはあるといえます。

また、このことは他国の話ではなく、日本においてもデジタル社会に適合した戦い方というのを自衛隊等もより浸透させる必要があると言えます。

戦史的な側面で言えば、この戦争の意味合いというのは非常に大きな話とある意味なりそうですね。