
就活にちなんだ終活ってのがあります。
「就活」が就職活動なら、
「終活」は終わる活動。
まぁ、高齢者に対して、いかに余生を楽しく過ごすか…
また、残された人に対する準備もしておけば、
残り人生、心おきなくすごせるんじゃね?的な発想です。
知人がこの終活を一生懸命やってます。
その知人、別に年寄りでもなんでもなく、
多分、ビジネスとしてやってるみたい。
でもって、僕はこの終活がかなり嫌いだったりします。
高齢者を対象としたビジネスの中では最低の部類に入ると思うし、
ビジネスでやってないとしたら、宗教勧誘と同じくらい余計なお世話。
でも、生命保険や遺言書作成代行などのビジネスに
関してはあまり嫌悪感を感じない、コレ不思議。
理屈ではなく、なんとなく肌が嫌ってるんでしょうね。
自分の父母が終活にいそしみだしたとしたら、
悲しくなりますわな。
話変わって、僕の知人の社長さんが
障害者雇用を促進させるビジネスを立ち上げて
大盛況らしいです。
障害者を雇用する企業は、たしか国から助成金が出るらしく、
そこら辺も視野に入れたビジネス。
これも不思議と嫌悪感がない。
その人は、障害者の雇用ビジネスをしてる企業を訪問した際、
そこの障害者は総じて画一的な仕事しか与えてなく、
障害者の個性(能力レベル)に応じた仕事を提供していないって事に
気付いたそうです。
障害者もピンキリで
事務作業が得意な人もいれば、コミュニケーションは健常者と同じ、
ヘタしたらそれ以上の人もいた。
にもかかわらず、ベルトコンベアで運ばれるイチゴをケーキに
乗せる作業しておらず、それではたして障害者の勤労意欲に貢献してるのか?
と疑問を感じ、速効で現モデルを立ち上げたそうです。
これ、オールウィナーだと思うんですね。
でもって、終活は、障害者を上記高齢者に差し替えて考える事をしてないんです。
高齢者すべて対象にして、同じシチュエーションにくくって
余生を少しでも考える人を講演に呼んで、
アレしましょう、コレしましょう…と洗脳セミナー。
まぁ、高齢者にお金を使わせるわけではないので、
悪質ではありませんが、それにしても余計なお世話。
高齢者雇用促進セミナーとかやれば良いのに…。
で、恐らく終活をされてる方は、
「”高齢者雇用促進”も終活の一部だよ、お前は何も分かってない…」などと
言われると思うんですけど、
正直、終活セミナーに出たことないので、何も知りません。
でも、終活手帳ってのは作らせて頂きました。
その内容たるや、さんざんなモノ。
俺の父母を馬鹿にしてるんか?と反吐が出る内容でした。
過去を振り返り、思い出を書きだし、挙げ句の果てには墓碑銘まで
自分で決めろ的な…。
書きたければ書けば良いのですが、
それで本当に幸せなのか?と思うと疑問に感じます。
もっとも高齢者の需要がそこにあるのなら、
それはそれで仕方ありませんが、
まだ高齢者でない僕は、過去を振り返ることなく、
高齢者は高齢者の可能性を最大限発揮し、趣味だろうが仕事だろうが、
最大限好奇心と向上心をもって生活して貰いたいと思うんです。
例え孫の行く末を眺めるのも良い、
テレビ見て、のんびり過ごしたいでもよい。
来週の放送を楽しみに日々好奇心をもてる何かを
見つけ過ごして欲しいと思うんですね。
これらも含めて「終活」というなら、
そんなアホな話しはありません。
だって、僕が高齢者に望むことって
高齢者も若年者関係ない話しですもん。
それを「終」わりに向ける「活」動って言葉で
くくってしまうのが、馬鹿馬鹿しい事この上なし。
高齢者を対象にすんな、
高齢者を活用するビジネスモデルを作らんかいや!…って
思うんですよね。
実際、どっかの地方自治体とかがやってたように思うので、
こっちの方がよりビジネスチャンスも広がると思います。
唐突に降って湧いた、感情をそのまま
さらけ出してみました。
まぁ、僕の思うとこ、
セミナーとかに行く人って
1/3が素直に勉強、
1/3が銭儲けのタネ探し、
残り1/3は心が病んでる人、
で、ほんのレイコンマ数パーセントの人が
実際にお金を掴むなり、本質的な救いを得られる…って
考えてる程度なので、
セミナーを軸に動かしてる活動って
そのうち停止すると思います。
他者にモチベーションを与え続けるってのは
毎日顔を合わせて洗脳していくか、
物心つく頃から刷り込んで行くか、
餌をぶら下げた宿題(規範・制限・週間)を明確にかつ厳格に与えない限りは、続かんよ…
だからオウムの洗脳は合宿だったわけだし。
はい(・ω・)
