更新が遅れておりまして申し訳ございません。11月27日(月)から12月2日(土)まで本校にて「臘八摂心」(ろうはつせっしん)が行われました。「臘八摂心」とは、12月1日から8日までお釈迦様が昼夜を問わず坐禅をし、悟りを開かれた(成道された)ことにちなんで、曹洞宗の禅寺では12月1日から8日まで坐禅修行しています。曹洞宗の宗門校である本校は、それに倣って早朝坐禅をしています。「臘」とは「臘月」=12月を表し、「八」は8日。「摂心」とは禅寺で一定期間ひたすら坐禅に徹することを意味します。この仏教行事は本校の他に世田谷学園高校などでも実施されていますが、仏教校でなければ絶対経験できないことですね。
ソフトボール部では1,2年生の間、この臘八摂心に強制参加させています。このご時世に強制参加というのは眉をひそめる方も多いとは思いますが、昨今認知されてきている坐禅というものを体験できる貴重な機会であること。多分高校生の部員たちにはどんな意味があるかは、想像すら出来ないと思います。ですが、大人になった今、こんなに忙しく働いている今なら、坐禅の意味が分かります。常にアンテナを張り、気を遣い、忙しなく生きている中で、何もせずただ坐ることの意味。頭の中には雑念が湧いてきます。それを全て取り払って「無」になることの大切さ。これは坐禅をしないと分からないものです。もちろん私も「無」になどなれません。足もしびれるし、寒いし、眠くもなります。臘八摂心最終日に駒澤大学総長がいらしてこんなことを仰っていました。「坐禅をすると自分の身体でさえ、ままならない。それを思い知って次どうするか。どう考えるかが自分を知ることになる。」というような内容でした。人間とは地球に比べれば本当にちっぽけな存在です。そのちっぽけな自分ですら私たちは自由に操れないのです。こうしたことを知っているのと知らないのでは大きく違います。大事な大会前に緊張して身体が動かない。人間とはそういうものだと知っている人間とそうでない人間では、結果が大きく変わってきます。ただ寒さに耐える、とか足のしびれに耐える修行ではなく、「自分を知る」ことができる臘八摂心はやっぱり素晴らしいと思います。
1,2年生も頑張って摂心に参加していました。引退した3年生も何名か顔を見せてくれました。2学期期末試験前でしかも12月。本当に寒くて勉強もしなくてはならず、大変な日程ですが、今年も無事に終わりました。1番大変なのは親御さんでしょうね。いつもよりも2時間近く早く起きて、お弁当を作って送り出して頂いていることと思います。本当にありがとうございます。