小林のおばちゃん(以前の記事でご紹介しました)が、子供の頃の話。
おばちゃんは明治の末の生まれでしたから、もう100年以上も昔です。
彼女が育ったのは京都府南部の村落で、お家は農業。
子供も親の手伝いが当たり前の時代とはいえ、楽しい子供時代だったそうです。
冬の間は農閑期ですから、子供たちにも自由な時間ができる。
その日は親の許しを得て、同じ村の子供仲間の家に泊りがけで遊びに行った。
お手玉やカルタで散々遊んだ後、寝に付いたけれどどうしても眠れない。
布団の中で悶々としているとだんだん我が家が恋しくなってきた。
帰りたいとなるとどうしても帰りたい。
その家の子供を揺り起こし、「帰る」と宣言。相手はねぼけまなこです。
幸い数日来の雪は止んで、外は明るい月夜。灯りなしでも十分歩けます。
普段なら子供の足でも15分程度の距離ですが、雪道は歩きにくい。
いくら雪明りと言っても深夜の事ですから、一刻も早く家にたどり着きたい。
途中にある鎮守の森を迂回せずに突ききれば、我が家はすぐそこです。
森の中は雪が少ない事も知っていました。頭上の木々の枝が雪を受け止めている。
意を決して森の中へ。暗いけれども歩くには足元が楽です。
小さなお社を過ぎ、もう少しで森の出口、という所で彼女は出くわしてしまった。
白い着物姿の女の人に。手には金槌、頭に金輪、口には櫛を咥えています。
一瞬双方の動きが止まりました。お互い呆然としています。
次の瞬間にはおばちゃんは脱兎のごとく駆け出していました。
昔の子供は知っていたんですね。「丑の刻参りを見たら殺される!」
鎮守の森を出たら家まではいくらもなかったにもかかわらず、
恐怖で一杯のおばちゃんは身を隠す手段を先に考えてしまいました。
森の外は雪を被った茶畑です。その茶畑の一面の雪の下に飛び込んだ。
お茶の木はその下から見上げると丁度傘を開いたような茂り方をしているそうです。
大人の腰の高さほどの茶畑に積もった雪の下。
探し回る人間の動きにつれて雪の落ちる音が聞こえます。
何を言っているかはよく聞き取れないけれども、ぶつぶつ言う声も遠く、近くなる。
恐ろしくてじっとしていられないおばちゃんもじりじりと雪の下を移動する。
どれくらいそんな状態が続いたのかは憶えていないとおばちゃんは言いました。
ふと気がつくと、茶畑の端に出ていました。もはや限界です。
死に物狂いでそこを飛び出し、我が家に向かって転がるように駆けました。
後ろを振り返る勇気などありません。たどり着いた我が家の戸を叩く。
全身雪まみれ。寒さと恐怖で歯はガチガチと鳴っていたそうです。
おばちゃんは笑いながら言いました。昔はそういう事もたまにあったのだ。
丑の時参りをしていたのは多分近隣の誰かだろう。
顔はよく見えなかった。月明かりではよく見えるはずもない。
見なくてよかった.........。
