吉田バー
80年近い歴史を持つ老舗バー
こちらに時々お邪魔していたのは20歳頃の事。
生意気未満のションベンたれ。思い返せば恥ずかしい。
当時のオーナーの吉田芳二郎さんは二代目で、すでに亡くなったとの事。
スリムで長身の、物静かな紳士だった。今はご長女が店をついでおられるらしい。
音楽も客の高笑いもなく、泥酔する人もない。大人のバーだったのだ。
私も出入りが自然に見える年齢になって、大阪へ行くだびにその辺りを歩いてみた。
見つからないので、すでに営業しておられないのかと残念に思っていた。
ちゃんとあった。どこに目を付けていたのだろう。今度はきっと訪問するつもり。
Jazz Spot 845
大阪なんばの街の喧騒のはずれにある。
こちらもすでに老舗と呼ばれていいと思う。湊町の交差点、ビルの地下。
20歳の頃はコーヒーを飲むにもジャズ喫茶がかっこいいと思っていたのだ。
お金もないのにそのためにやや高めのコーヒー代を払っていた。
その頃はモダンジャズの全盛だったからチンプンカンプン。苦行だった。
自分の居場所を探していたのかも知れないな。
バード56
こちらもJazz。40年間営業を続けている。
失礼は承知の上で。吉田バー、845、バード56、どれも私にとっては過去の幽霊。
すでに存在しないと思っていたのだから仕方がない。
インターネットがなければ、そのまま記憶の彼方で形もなくさまよっていたはず。
お金と居場所、家族と友人、何も無い私自身が幽霊のようなものだった。
ブルー・リバー。
アルバムの名前を取って店名とした喫茶店。今はもう無い。
一番足繁く通ったのが、久左衛門町にあったこの喫茶店。
堺筋本町で事務仕事をした後、法善寺横丁のおでんやでアルバイト。
10時にアルバイトを終えて、まっすぐこの店に通った。
終電までにコーヒーを一杯のみ、カウンター越しにオーナーの吉岡さんと
短い会話を交わす。話し込んだりする事は無かった。
「仕事、終わったんか?」「うん、今日はえらい忙しかったわ。」
その程度のやりとりで少し心が温まっていた。
法善寺横町、おでんのおかめ。
水掛不動さんから5歩の距離。
法善寺横丁で有名なおでんやは「小便たんご」。
働いていたから言う訳ではないけれど、自分が京都人のせいか味はおかめ。
ここの出汁には色がない。具材にも色がつかない。しかし味はしっかりついている。
おかみさんは、出汁は「昆布、塩、大量の日本酒。」
と言っていたが、配合や加減はわからない。そのおかみさんも亡くなった。
表のガラス戸を開けると斜め前に水掛不動尊が見える。その隣が夫婦善哉。
ある夜。表がざわざわするので入り口から覗いてみると。
今は亡き藤山寛美さんが流しの格好でギターを奏でながら歩いていた。
後ろにカメラや照明を構えた人間がついていたので何かの撮影だったのだろう。
数年前娘を連れて30年ぶりにこの店の暖簾を潜った。
二人とも飲める性質では無いからおでんを頂き、一本のビールを分け合う。
あの頃の自分より年長の娘と二人.........。
そんな日がくるとは思わなかった。
ひとりぽっちの放浪は遠い昔話になったのだな。




