今年は、母の初盆です。


去年の年末に、脳梗塞を起こし、市民病院に緊急入院をして、左半身麻痺を残しながらも、最初のうちは回復を見せていたのですが、入院した事により、寝たきりに近い感じになってしまい、それが、体に水がたまる事になり、特に、昔結核で片肺を取っていたので、残る片肺にも水が溜まるようになり、それが、だんだん体力を奪う原因のひとつとなって、やがて呼吸困難を起こして、最後の方は、昏睡状態が続いて、そして入院から50日目に、静に息を引き取りました。


この頃は、精神的にも肉体的にも大変でした。


父は、十数年前に亡くなっていましたし、兄弟は、兄がいるのですが、何年か前に家を出て音信不通状態で、もちろん母の死は知りません。


母と二人暮しだったので、入院してから、母の身の回りの世話と、自分の事もやらなければならないので、病院と家の往復で、一日が過ぎていました。


それに、母が昏睡状態に入った頃は、いつ電話が病院からかかって来るのか分らなかったので,夜も熟睡する事は出来ませんでした。


実際、午前三時頃に、体調か急変したとかで病院から呼び出されたました。その時は、何とか持ち直したのですが、二回目に呼び出された時は、午前二時で、今でも思い出しますが、冷たい雨が降っていて、暗い道を自転車で、駆けつけました。


その時は、既に母は息を引き取っていて、病院のベットの上に静かに横たわっていました。


その顔は、とても穏やかで今にもおきだしそうな、優しい顔でした。


しかし、ここで悲しんでいる事も出来ず、病院はいつ葬儀屋は来るかといってくるので、すでにある程度は覚悟していたので、葬儀屋などは前もって調べていたので、そこに電話して、一時間後ぐらいに来てもらい、、後は病室に残っている、下着や歯ブラシなどの身の回りのものを、バックに詰め込んで、病院を後にしたのは、私が病院に駆けつけてから、一時間ぐらいのスピーディーな物でした。


それからは、喪主として葬儀の打ち合わせや、親戚に電話などを、近所の人に手伝って貰いながらも、何とか一人ででこなしながらの目の回る二日間でした。


そして、葬儀は何とか無事すんで、その後の、色々な処理を一人でこなしながら、何ヶ月が過ぎて、やっと落ち着いてき、ブログをやれるようになったのですが、最近、本当に一人きりとなって、時々母のいた思い出、父のいた思い出、兄のいた思い出が、夢ではないかと思うことがあります。


写真はあるし、記憶はあるのですが、目の前には誰もいない現実。


それでも、時間は過ぎていきます


だから、立ち止まりません。


前を向いて歩いていきます。










これを書くか迷いましたが、自分自身に、区切りを付ける為に書くことにしました。