こまりがゆく〜宇宙章  -3ページ目

こまりがゆく〜宇宙章 

自分で世界を創ってゆきます。

こんにちは、はじめまして。こまりです☆ 

 

 

今、ここ。

 

自分を隠さないで、本音を発信していく。と覚悟を決めた私は、この度ブログをはじめました。そしてこれからふたたび自分で世界を創造してゆく実践・こまりの新星・創世物語を綴る場所です。今それぞれの場所で、大いなる意識と一体になって現実創造している最中のみんなとこのブログを通じて出会えたらとてもとても嬉しいです♡

 

また、このブログのはじまりに記しておきたいことがあります。ここ20ヶ月前の軌跡になりますが、なるべく簡潔に序章2部に分けて書きます。それではまず序章第一部 、ひかりとやみ はじまります。

 

ブーーーーーーー(古い映画館・はじまりのブザー音)

 

 

 

 

序章

 

1. ひかりとやみ

 

 

 

 

ずっとハートをコンパスにして、生きてきた。

 

私は中学の頃、きらめく光の空間の感覚があった。厳しい校則の学校だったけど、空を写ルンですで撮影しまくる夢見るボヘミアン中学生だった。江戸川で初めて買ったギターを弾いて、作詞作曲とかして、漫画描いたり、運動会や文化祭のイベントには全力で想像力を働かせて、勉強はパッとしなかったし、部活もやってたけどスポーツ精神にあまり共感しなかったし、いわゆる模範とはかけ離れていたけど、いつも何かの中心にいる感覚があって、空が近くにあった。高校でも、大学でも、ドラマチックな天国のようなキラキラしたピークのが今ちょっと意識をよせるとすぐ思い出せる。

 

ハートのままにずっと生きてきて、気がついたら遠い海を超えたシアトルにこうして住んでる。色々あったし、行ったり来たりしてたけど、高校の留学時代からの親友と結婚してこの地に、根を下ろしてから、ハッチャめちゃで、ワクワクする毎日がわたしを待っていた。史上最高に大好きな、相思相愛の仲間たちに出会って、みんなでバンドやって、ツアーして、キャンプして、傍、ハートにやってくるキャラクターの世界をコミックや絵に描いて、小さなお店を出店して作品を売ったり、映画製作に挑戦したり、いつも大雑把だけど、感覚的にいろんなことが喜びのもと動いていたと思う。

 

それでもこうした日々の中にも、小さなトラウマはつみ重なる。感じたままに生きてたら、無鉄砲で人のことかえりみない行動をしてしまったこともたくさんあるし、とんがって衝突したこともある。私はいつもそれらを、見えない重い鎖のようにどこかで意識していた。そして、7年くらい前のある時を境に、やがて感じたまま、計画なく存分に生きている自分に対して、このままじゃダメなんだ、ちゃんとしなくちゃ。認められなくちゃ。好かれなくちゃ。ちゃんとやらなくちゃという新しい理想が出てきた。ハートがコンパスで生きてきたことを、どこか愛せなくなっていった。それでもやっぱりやりたくないことはもともとできない性分だから、就職したり、好きな仕事が見つけられないできない、誰の役にもたっていないと自分を恥じ、徐々に、自分の中で、自分を否定する存在が自分を運転するようになってきた。ちゃんとやろうと型に入れようとすればするほど、できない自分と直面する。自己否定。無価値感。自分を脇キャラにする癖。他人との比較。気がついたら自分を押入れのようなくら〜〜〜い所にとりあえず押し込んでいた。ずっとどこかで居心地が悪いのは、本当は知っていた。相当気持ちが悪い。自分に自信がなくなって、とにかくあれこれ自分の性分を隠しまくる。隠しまくってたら、取り繕うようになって、自分がなんなのかわからなくなってしまい、嫌われたくないから、他人に合わせたりするうち、いろいろ面倒くさくなり、だんだん人と距離ができてきて、基本いつも一人でいたくなった。思ってないことを口にした時のあの嘘の笑みほど心地悪いものはない。自己否定・無価値感がわたしの血にしっかり混じり、全体に染み込んでゆくのを感じるまま、要領もいいからそんな感じも見せないようにして、それでも続けてきたアートや音楽を通じて、本質的な癒し・セルフヒーリングをしながら、ギリギリの水面下でずっとずっとふんばってきた。

 

そんな中。

 

その真っ只中、2019年のこと。史上最高に大好きな友達、家族なる親しい存在のバンドメンバーが突然の自死で、肉体を離れた。彼は本当にわたしにとってとても特別な存在の友達だった。いつも本音の人だった。パワフルで、大きな愛が溢れていて、太陽のような存在だった。私が大切なことを取りもどせる場所の中心だった。

 

それから三ヶ月後に、10代の頃からの古い友達で、一緒に日本からシアトルへ、同じ時期に移り住むという、とてもご縁の深い、姉のような友達が、三日月の美しく輝く夏の夜に旅立った。

 

本当にいなくなったの?

死んだら、急に過去形になることにとても違和感がある。

また会いたい。もう会えない、なんておかしすぎる。

これから大事な人がどんどん死んでゆくだけの人生なんて、つらいし、つまらなすぎる。

命って、死んだら終わりって、だから有限な時を有意義にとかなんたらって。

命って、生きるって、そんなものなのか?

 

魂のつながりのような何かを、いつもバンドのみんなでいると感じてた。うまく弾くとか、魅せるとか、そんなものを一気に超越する、一緒にいて目を閉じて音を出してゆくと感じた、何か根源的な、魂の喜びのような、リラックスした一体感。この不思議で宇宙的な感覚はいつもいつも、このメンバーでいたら感じてた。もし明日世界が終わるなら、みんなで夜明けを迎えたいと、いつも本気で思ったりしてた。

 

そんなもんじゃねえだろ!

 

ずっと悲しみの底にいながら、ある時この言葉が、湧いてきた。(なぜかスケバン)命の旅についての解釈を、曖昧さにゆだねることができなかった。わたしにとって腑に落ちる、本当のことが知りたい。

 

こちらから探しにいく。見つけにいく。とお腹の底から思った。

 

覚悟を決めた。もう悲しいだけはいやだ。その旨を、夫・親友であるトニーに伝え、私は猛烈に色々、ハートをコンパスにして本やインターネットから調べはじめた。友達が教えてくれた大切なこと。そしていかに頼って生きていたのか。もう今までの生き方や世界に、すでに未練はコレッポチもなかった。

 

今まで、見えない世界のことには全く興味がなかった。いろんな情報があるから、ピンとくるかこないか、少〜しずつ、とにかく自分の感を頼りに。そうしてすこしずつ、色々調べていくうちに、いくつかのYoutubeで発信している方に辿りついた。いろんなところから調べてゆくうちに、見えない世界はあるっていうことが、なんとなくわかってきた。以外にもそれは、自分にはとても骨太な世界に感じた。まもなく、”宇宙意識” ということについてお話してる人たちを知った。衝撃的だった。なに?宇宙!? 最初びっくりしたけど、めちゃくちゃ、ひびいた。様々なことの答え合わせをしているような気持ちになった。そして私はこのすぐ2ヶ月後、並木良和さんにカナダでお会いすることになる。信じられないことに隣国の都市のバンクーバーでとても少人数のワークショップがあったのだ。バンクーバーで並木さんは「つながれるよ。肉体を離れても、お友達はいるんだよ。今までと形は違うかもしれないけど、喜びを共有し、共振することができるんだよ。」と、私にとても軽やかに、さらっと教えてくれた。うれしくてワクワクして泣いた。そして、それだけでなく、これまで私が近年ずっと苦しんでいた自己否定や無価値感、他人軸の正体。そして私たちはみんな、もともとつながっていて、光の存在であることを知った。初めて知ることなのに、なんかやっぱりそうだったんだと思った。

 

自分と向き合おう。と決めた。変わりたい。

私のハートのコンパスがここにつれてきてくれた。

 

この日から私は、またあたらしい覚悟を決め、生まれかわった。

 

 

 

 

 

つ づ く

 

 

次回は序章第2部「貝とオルカ」。お楽しみに☆

 

P.S.

最後まで読んでいただいき、ありがとうございました。

それではまた☆これからよろしくおねがいします。

 

愛をこめて!!

こまり