パナソニック汐留ミュージアムは、東京都港区東新橋にあるパナソニック東京本社ビルの4階に所在する美術館で、2003年に開館しました。
常設としてジョ
ルジュ・ルオーという画家の絵を展示するかたわら、「建築・住ま
い」「工芸・デザイン」をテーマとする企画展も行っています。

で、今和次郎(1888~1973)は当時の人々を観察・記録し、「
考現学」を提唱した人物として知られています。
今回の展覧会では和次郎の観察スケッチを通して彼の活動を紹介す
る回顧展となっています。
不勉強ながら今和次郎の名前は今まで知りませんでした。今回はLED照明の展示がどのようなものなのかというパナソニック汐留ミュージアム自体に興味があったため観覧へ。


率直にいって、かなり楽しかった。


なんといっても照明が明るい。明るくてとても見易い。見易いと
イライラしない。疲れない。
これは自分だけじゃないと思うが、会場が暗いとモノもキャプションも見辛く、第一室から疲れてしまう。
さらに人が多ければ最悪です。人とぶつかるしキャプションは遠くて見られないし暗くて目がまわるし。

東京国立博物館や国立西洋美術館・江戸東京博物館などの大型ミュージアムは例外無くこのパターンにあてはまるとおもいますね。


LED照明は紫外線や赤外線をほとんど含まず、作品を損なう危険性も低いといいます。

昨年にはルーブル美術館もLEDを取り入れたと聞きます。日本も見習って明るい博物館を目指して欲しいと切に願います。


さて、今和次郎展。自分にとってははじめましての人だったので、彼のスケッチの細かさや観察力の強さがよくわかる展示になっています。和次郎の「今」を考える手法は、急速に風景がかわっていく現代、特に学ぶべきものは多いと思います。


しかし、和次郎の一番の特徴は、今を観察することを最終目的とせず、優れた建築家・デザイナーとして活躍したことにあるのだとおもいます。本展覧会もその点に力点をおいたものとなっています。


今を徹底的に観察したからこそ、本当に今後必要なのは何なのか。みえてくるのだと思います。


とても勉強になりました。歴史学を志す一人として、学ぶべき事はとても多かったです。

これを機に今和次郎の著書を読んで勉強しようと思います。



パナソニック汐留ミュージアムは、場所もおしゃれだし、雰囲気もいいので、もっと皆に評価されてしかる
べきでしょう。


デートスポットにも最適だと思うのですがとうでしょうか?

今日2月11日は「建国記念の日」です。


よく「建国記念日」とごっちゃにされますけど実質は違います。


そもそも日本にはアメリカの「独立記念日」のような厳密な「建国記念日」は存在しません。それは歴史を知らなくてもなんとなくわかると思います。



2月11日は、むかし紀元節といって「日本書紀」の伝える神武天皇の即位日でした。


つまり、神話のなかで神武天皇の即位によって日本国が「建国」された日として、国民の祝日として盛大に祝われました。



ただし、これは戦前までの話。




戦後、天皇が人間だったことが発覚(!)し、実証的に歴史が語られるなか、神武天皇などの神話をべつに考えることになります。戦後すぐの「国民の祝日」からは紀元節は抹消されています。


というか、戦後のモーレツな「反省」から、日本を神の国であるという思想が徹底的に排除されていく一環のなかにあったと言えるでしょうか。


そんな紀元節が復活の動きを見せたのが、サンフランシスコ講和条約が調印された直後、吉田茂内閣の時のことでした。愛国心涵養の教育振興が唱えられたことにより、政府内でもその動きが活発化します。


しかし当時の日本歴史学協会委員会は、紀元節に学問的根拠の乏しいこと、その復活が日本古代史の教育を害することを説いて、満場一致の決議で反対声明を発します。



これが紀元節問題です。



このあともすったもんだあり(経過を詳しく述べられる自信がありませんw)、その結果、両者の折り合いで2月11日は一応「建国記念の日」というなんともわかりにくい記念日として1966年になって制定されました。


これの意味は「建国をしのび、国を愛する心を養う」ことに趣旨があるようです。


「建国をしのぶ」というところがミソです。


要は「建国記念日」は「建国された記念すべき日」ということなのですが、


「建国記念の日」とすることによって「建国されたことをしのび、お祝いする日」としたのです。



こうしてややこしい名前の記念日が制定されました。歴史を学ぶものとして、「の」が入るか入らないかでは全く意味が違うんだということを理解して、気を付けていきたいものです。




この地名が危ない (幻冬舎新書)/楠原 佑介
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本書は「災害地名学」という学問を推奨する著者による、地名と災害の関係性に着目し、そこに住まう人々や都市構想へ警鐘を鳴らしたものです。


歴史をやっていれば当然地名の謎に突き当たります。その意味について、先人達の教訓として特に考えなければなりません。


著者は、日本各地に分布する「別地同称」に注意して、その言葉と災害の歴史について考察します。


例えば、「女」という表記。著者によれば、これは「ヲナ」=「男波」として、たびたび津波が襲ってくる痕跡だったとします。

ほかにも「芋~」は「埋れる」という意味があったり、「アハ」という言葉は「暴れる」「暴かれる」という意味で地震痕跡だったとしています。


このような例をあげるとキリがありません。そういう意味で「ここまで言って大丈夫?」というような部分もありますが、ようするに日本という国はどこへいってもあらゆる災害とは無縁ではないということでしょう。


そうした上で、著者は、地震などとは無縁な環境なアメリカでこそ成立した原発などの文明を、災害デパートの日本に取り入れたことや、むやみな市町村合併などで本来の意味をもった地名が失われていくことに警鐘を鳴らします。



本書を読んでいると著者が日本の地理に精通し、考えていることがよくわかります。なにげなく目にする地名にも注意してみている証でしょう。


地理があまり得意でない自分も、もっと地図をみて考えることがあるなと勉強になりました。