神主さんと神社を学ぼう!in武蔵一宮 氷川神社(2)
大宮市の武蔵一宮 氷川神社で行われた「神主さんと神社を学ぼう!」についての2回目の投稿になります。明治天皇と氷川神社氷川神社にとって特に大きな出来事は、明治天皇が京都から東京へ移られる際、氷川神社で親祭(天皇がみずから祭りの式を執り行うこと)を行ったことです。東京に到着して間もない10月、自ら大宮へ赴き、氷川神社を「武蔵国宸翰御領(しんかんごりょう)の鎮守」、と定められ、これから東京で新しい政を始めるにあたって、氷川神社の御神前で誓いをたてたのです。これはめったにあることではないそうで、前例となるのは、桓武天皇が都を移したときに賀茂神社でご親祭を行ったときというから千年以上前。いかに稀なことかがうかがえます。また、氷川神社の総本宮である大宮の氷川が、なぜ大社でなく神社かというと、このご親祭のとき明治天皇が詔で「氷川神社」とおっしゃったので、神社という名称のままでいるからだそうです。この親祭より、氷川神社は勅祭社に指定され、明治4年に官幣大社になりました。勅祭社は、全国で16社のみ。毎年8月1日には、勅使が来ます。昔は鉄道で来ていたので、地域のお偉いさんや警察署長が駅に出向いてお迎えしていたのですが、今は、首都高で来るので禰宜と警備8人程度でお出迎えし、参道脇に車道を通って入ってくるとのこと。建築について明治天皇のご親祭が行われてから、格の高い神社に見合うように境内は大きく改装されました。本殿、拝殿、幣殿などの主な建物は、昭和15年までに完成。楼門は、賀茂神社を模して造られ、昭和16年に完成しました。屋根は元々檜皮葺だったのですが、今は銅板ぶき。ご親祭の100年祭が昭和42年に行われ、その時の記念事業として屋根を銅にふきかえたそうです。現在この屋根の吹き替えが、御鎮座2500年記念事業として、行われていて、社務所で3000円を寄付すると50cm×25cmくらいの銅板を渡されて、そこにマジックで名前と住所を書き込めます。連盟は禁止。手が触れると跡がついてしまうので、木枠にはさまった状態で渡され直接皮膚が触れないように書くのでちょっと大変。約3万枚の銅板が必要とのことですので、よかったら寄付してみてはいかがでしょうか。つづく