京都は河原町二条の河二ホールにて、ドキュメンタリー映画「谷口善太郎 たたかう小説」を観ました。監督は土本貴生。


  X(Twitter)で、この映画を知る事から始まる偶然が重ならなければ、京都へこの映画を観に行く事はなかったと思います。


 プロレタリア作家と共産党の党員として政治家になった人の生涯を追った作品なので。


  私にその三つの単語、


 プロレタリア、 

 共産党、 

 政治家、 


 それらへの抵抗感がないと言えば嘘になる。


  五十人ほどの規模のホールは満員でした。皆さんはどこでこの映画を知ったのか?




  映画は、石川県で生まれるも社会の構造と歴史の非情に翻弄されて生活に困窮し、やがて京都府を中心に、それに抗う労働活動に身を投じつつ作家として自分の見てきた現実を作品に記していった人が、戦後、政治家となった一生を、創作活動の紹介を交え語ったものです。


 ドキュメンタリーとしては分かりやすく生涯を追っており、それを一段と際立たせていたのは、創作作品の数々の語りでした。


 その小説から、紹介された断片だけでも、しっかと、土に立つ者の凛とした気品と、展開や描写の鮮やかさを感じる。


  どこかにいるかもしれない普通の人の、行動する物語たち。 


  私は趣味とはいえ創作をする人なのもあり、断片を知っただけでも、観ている内に、もっと作家に専念して欲しかった気までしてきました。


 が、作家も政治家も、状況に対する社会活動のそれとしての別ない選択だった事と、政治家として本格的に活動し始めた経緯から、それは難しかったでしょうと感じました。


 これを観て「よし私もこのように活動を」等とは思わず、「このような人生を送った人もいたのですね」位のゆるい感想を書く人間が一人くらいいてもいいかなあ、と思い、記しました。


  紹介されていた小説、読みたいと思います。 



2026年4月に京都府は河原町二条の河二ホールにて、映画「谷口善太郎 たたかう小説」を観に行った際の、ホールのあるビル内にあったポスターです。


2026年4月に京都府は河原町二条の河二ホールにて、映画「谷口善太郎 たたかう小説」を観に行った際の、ホールのあるビルと、ビルの入り口にあった映画のポスターです。


 京都四條南座にて、「レビュー春のおどり」観劇でした。 


  第一部『たまきはる 命の雫』は「ロミオとジュリエット」を古代日本に置き換えた作品です。そのままロミオとジュリエットの有名な台詞が用いられたりしますが、花鳥風月は万葉の世にこそ咲き誇るもの、違和感なく溶け込んでいました。


  ……まあ、ロミオとジュリエットはじめ名前がそのまま使われましたり、仮面舞踏会があったり、僧侶が結婚を取りまとめてくれたりするのは、「もしかしたら古代だってこうだったかもしれないでしょう!」という力技ではあります。その心意気、好きです。


  何せただでさえもう少し落ち着いて行動しよう、な物語である「ロミオとジュリエット」を一時間で駆け抜けるお芝居、「おお、ここを大胆に省略するのか」等と、色々と頷いていました。どの立ち位置からの視点でしょう。


  壱弥ゆうさんのパリスは、キャピレット家とモンタギュー家の争いをいさめたり、「このパリスは次に帝になっても大丈夫そうなパリス!」でありましたが、壱弥さんならもパリスの役をより膨らませ近づけられると思います。
(だからどの視点から語ってるのか)




  第二部『Silenphony』は洋のレビュー、静寂と静音、影と闇、OSK日本歌劇団は肉体と生命あってこその舞台を繰り広げられてきましたが、それを信頼しているからこそ表現出来る世界観でした。


 大阪松竹座の閉館が決まり、春のおどりにおけるOSKに宿る何か、が松竹座で観る事が困難な時代が始まってしまいましたが、場所を変えても、確かに今日も宿っていました。



2026年4月、京都四條南座前にて、OSK日本歌劇団「レビュー春のおどり」公演の看板です。

 



 大阪九条はシネ・ヌーヴォにて、映画「金子文子 何が私をこうさせたか」を観ました。 


 監督は浜野佐知、脚本は山﨑邦紀、音楽監督は吉岡しげ美。


 主演の金子文子役に菜葉菜、内縁の夫の朴烈役に小林且弥、刑務所の栃木支所長の前田吉文役に結城貴史、仏道婦人之会の教誨師の片山和里子役に洞口依子、女囚の少女の大西ヤスエ役に咲耶、そして文子の朝鮮の祖母役にして協力として吉行和子。


(全部は書ききれないので申し訳ない)


  一人の人間の、人は誰とも等しい人間であるという証明の戦いを、大逆罪により入った獄中で行い続けた日々の記録です。


 場所がどこであろうと、どういう立場の人間であろうと、その人の人生のどういう時期であろうと、これが金子文子である、という刻まれたものを目にしてきました。


  一見、記号的に配置されて見える、主人公の周りの人々が、文子の抗いに接する様を見る内に、現にあるものの枠にひびを入れられた、人であるという事だけで等しい人間として立ち上がってくる。


 金子文子は確かに生業を手にしていたのだ、と実感した時間でした。


  とは別に、昨今、命がけでこんなに怒鳴り合うのを目の当たりにするのも珍しい。怯える私と、そのように命をかける主張は私にはあるのか、とも思い悩む私とがいました。 


  私は金子文子のようにはなれない。しかし今の私になっている。


 私の受け取ったものは多分、それなのです。





2026年3月に大阪九条のシネ・ヌーヴォで撮影した、「金子文子 何が私をこうさせたか」のポスターです。


2026年3月に撮影した、大阪九条の映画、シネ・ヌーヴォの看板です。