京都四條南座にて、「レビュー春のおどり」観劇でした。 


  第一部『たまきはる 命の雫』は「ロミオとジュリエット」を古代日本に置き換えた作品です。そのままロミオとジュリエットの有名な台詞が用いられたりしますが、花鳥風月は万葉の世にこそ咲き誇るもの、違和感なく溶け込んでいました。


  ……まあ、ロミオとジュリエットはじめ名前がそのまま使われましたり、仮面舞踏会があったり、僧侶が結婚を取りまとめてくれたりするのは、「もしかしたら古代だってこうだったかもしれないでしょう!」という力技ではあります。その心意気、好きです。


  何せただでさえもう少し落ち着いて行動しよう、な物語である「ロミオとジュリエット」を一時間で駆け抜けるお芝居、「おお、ここを大胆に省略するのか」等と、色々と頷いていました。どの立ち位置からの視点でしょう。


  壱弥ゆうさんのパリスは、キャピレット家とモンタギュー家の争いをいさめたり、「このパリスは次に帝になっても大丈夫そうなパリス!」でありましたが、壱弥さんならもパリスの役をより膨らませ近づけられると思います。
(だからどの視点から語ってるのか)




  第二部『Silenphony』は洋のレビュー、静寂と静音、影と闇、OSK日本歌劇団は肉体と生命あってこその舞台を繰り広げられてきましたが、それを信頼しているからこそ表現出来る世界観でした。


 大阪松竹座の閉館が決まり、春のおどりにおけるOSKに宿る何か、が松竹座で観る事が困難な時代が始まってしまいましたが、場所を変えても、確かに今日も宿っていました。



2026年4月、京都四條南座前にて、OSK日本歌劇団「レビュー春のおどり」公演の看板です。

 



 大阪九条はシネ・ヌーヴォにて、映画「金子文子 何が私をこうさせたか」を観ました。 


 監督は浜野佐知、脚本は山﨑邦紀、音楽監督は吉岡しげ美。


 主演の金子文子役に菜葉菜、内縁の夫の朴烈役に小林且弥、刑務所の栃木支所長の前田吉文役に結城貴史、仏道婦人之会の教誨師の片山和里子役に洞口依子、女囚の少女の大西ヤスエ役に咲耶、そして文子の朝鮮の祖母役にして協力として吉行和子。


(全部は書ききれないので申し訳ない)


  一人の人間の、人は誰とも等しい人間であるという証明の戦いを、大逆罪により入った獄中で行い続けた日々の記録です。


 場所がどこであろうと、どういう立場の人間であろうと、その人の人生のどういう時期であろうと、これが金子文子である、という刻まれたものを目にしてきました。


  一見、記号的に配置されて見える、主人公の周りの人々が、文子の抗いに接する様を見る内に、現にあるものの枠にひびを入れられた、人であるという事だけで等しい人間として立ち上がってくる。


 金子文子は確かに生業を手にしていたのだ、と実感した時間でした。


  とは別に、昨今、命がけでこんなに怒鳴り合うのを目の当たりにするのも珍しい。怯える私と、そのように命をかける主張は私にはあるのか、とも思い悩む私とがいました。 


  私は金子文子のようにはなれない。しかし今の私になっている。


 私の受け取ったものは多分、それなのです。





2026年3月に大阪九条のシネ・ヌーヴォで撮影した、「金子文子 何が私をこうさせたか」のポスターです。


2026年3月に撮影した、大阪九条の映画、シネ・ヌーヴォの看板です。


 OSK日本歌劇団「EXPO2025!! REVUE OSAKA」観劇でした。日舞「菊秋萬白蘭盛宮(あきはよろずのはなのにぎわい)」と、洋舞「METROPOLIS」のレビューです。 


  今朝までレビューと戦争、娯楽にする事で大事な事を稀薄化してしまう恐れについて考えていただけに、このレビューで沖縄が描写されると知った時は恐れたものですが。


  沖縄が主題の作品ではない中での一景のものなので、今回はこれが女性歌劇におけるレビューの今後の深まりに繋がる一例になる事を願うに留まりました。 


  ユートピア扱いにする静と、大火と渦巻く生命とを描く動。


  過去を薄めすぎたり、娯楽になりすぎるのを描写の向こうの主張がそうはさせていない。

 ように感じました。


  まだ出来る事はあると思いますが。 


  大阪には、かつて沖縄から移り住まざるを得なかった方々がいらっしゃた事も思い出しました。


 まずはこの景について感じた事だけを書きました




(9月23日追記

 静と動の景と書きましたが、使われた曲についてこんな記事をそれぞれ見つけました。


・「鳩間節」について書かれたサイトの記事 

『鳩間節』 〜今に伝わる歌と踊り 琉球の原風景を訪ねる旅〜



・「魂をコンドルにのせて」について書かれたサイトの記事  

ディアマンテスの「魂をコンドルにのせて」 


 一見、全く違う二つは、その地で人が生きるとは何かを表す一対だった、と考える事も出来るのでは、とも感じるようになりました。