あれは、たぶん今から16~7年前のことになるでしょう。

ある休日のお昼どきに、NHKの「のど自慢」を眺めていますと、詰襟の高校生が出てきました。彼はどうやら目が不自由な様子です。

そして歌い出しました。「雪簾」という曲です。

 

 ♫赤ちょうちんが…

  雪にちらちら ゆれている

  ここは花園 裏通り

  ひとりぼっちで 飲む酒は

  遠い昔と かくれんぼ

  今じゃ帰れぬ 故郷(ふるさと)が 

  胸のすき間で 見え隠れ

 

 ……  私は、思わずテレビ画面に釘付けになっていました。

そして、おまけに涙をながしていたのです。

何という歌声なんだ! 上手いとか下手とか、そういうことを超えた魂の歌声です。

とくに哀しみに溢れた高音は特徴的で、ファルセット(裏声)なのか地声なのか判然としませんが、もの凄い、今までどんな歌手からも聴いたことのないものでした。

 

 ♫根無し草にもよ…

  好いて好かれた 女(ひと)がいた

  畳ひと間の あの暮らし

  酒よ俺にも いいことが

  ひとつふたつは あったけど

  肩を細める 陸橋(ガード)下

  春はいつ来る 雪簾

              2005・  詞・荒木とよひさ  曲・岡千秋

              歌唱・神野美伽

 

歌に感動するのは、けっして理屈ではありません。

ただただ素晴らしく人の魂を揺さぶる歌唱だったのでしょう。

わずか1分足らずの歌唱で、涙を拭っていたゲストの堀内孝雄さんをはじめ数えきれないほどの視聴者が泣いたことでしょう。

彼の名前は「清水博正」君。 翌年の「チャンピオン大会」でも優勝しました。

 

その後、「彼は日本の音楽の歴史に名前を残せる歌手になるだろうと信じている」とまで惚れ込んだ作曲家・弦哲也氏にスカウトされ、プロの演歌歌手になりました。

 

 彼の歌声に魅せられた私は、デビュー曲「雨恋々」、次の「忘戀情歌」~「いのちの灯り」とCDの発売を待つように買い求めていました。

デビューの年に早くも演歌の名曲のカバーを中心にしたアルバムも出しました。

なかでも、「道南夫婦船」島津亜矢、「岸壁の母」二葉百合子 は秀逸なものだと思います。