札場筋の交差点は、国道2号線と国道171号線の交差点。

国道43号線が国道2号線の南に走っていて、その2つの国道の間に阪神電鉄が通っていたから、とにかくこの交差点は混んでいた。しかも南から北へ行く道路は右折レーンもなかったので、さらに渋滞に輪をかけていた。

そういう交差点だから昔は横断歩道もなく、歩行者はそれぞれの道路をまたぐようにしたロの字の歩道橋を渡らなければならなかった。

そのうちに阪神電鉄が高架となり、それをきっかけだったか、横断歩道も作られた。その際に8つあった歩道橋の階段は4つに削減された。

私も普段は横断歩道を渡るのだが、懐かしくなって久々に歩道橋に上がってみた。

 

まず思い出したのは国道2号線。昔は中央分離帯があった。

大昔(多分1974年頃まで)はここに阪神の軌道線が走っていて、それの記憶はないが、その跡地に中央分離帯が作られていたのはしっかり覚えている。おそらく右折レーンの場所に流用されたのあろう。

前述の8つの階段のうちの4つが切り取られた証拠も残っている。階段がカットされるとともに、その場所には柵が施されているが、付け足しなのがよくわかる。

そもそもこの辺は高いビルがそんなになく、歩道橋から六甲山系を望むことができた。母校も山の中腹にあったがそれも見えたはず。現在はビルに阻まれている。

当時東北の角に6階建のビルがあったので、高いビルが全くなかったというと語弊がある。その一番てっぺんに「五六八」という雀荘があり、中学の同級生の自宅だったのも思い出した。

 

 

 

交差点の名前は「札場筋」

国道2号線 東向き

かつて階段があった名残り

昔は歩道橋から六甲山が望めた

北東の角に6階建のビルがあった