ボンジュ~ル、コロンです。
今日はバンタン、フランスはパリにて公演ですね。
パリと言えばテテ。
例によって最近知ったのですが、聞くところによると
テテはゴッホが好き
なんですって?
てことは、こないだオランダで公演した時、ついでにクレラー・ミュラー美術館とか、ゴッホ美術館とか行ったのかしら?
なぜこんなにもゴッホゴッホ(咳ではない)言うかと申しますと、
何を隠そう…
わたくし…
バンタンよりも、WINNERよりも…
ゴッホペンだからですwww
正確に言うと美術ヲタなんですーーー!!すごいどうでもいい情報。
その中でもゴッホは特殊な位置づけなんです。
なんせ
ゴッホのためなら日本国内はもちろん、
♡海外にまで遠征しちゃう♡
↑ゴッホの住んでた家@パリ、モンマルトル(時を越えたストーカー行為ともいうべきか)
ってゆうくらいのヲタぶり。
というわけで、ここからは「BTSを追っかけて」のスピンオフ(?)、
BTS(主にテテ)の逆聖地巡礼記
をお送りいたします\(^O^)/
※逆聖地巡礼=推しの聖地となる場所に、自分が先に訪れた場合のことを指す。通常の聖地巡礼に比べ、嬉しさ倍増の出来事である。
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2017年4月9日のツイッターより。古
彼はアメリカ、NYにあるMoMAに行ったサジンをあげました。
The Museum of Modern Art , New Yorkの略ですね。
日本語では「ニューヨーク近代美術館」というくらいなので、近代から現代にかけての美術作品が主なラインナップ。
美術WoTA(ヲタ)の私でも、現代美術になってくると、良くわからん作品があったりします。
よくわからない作品=現代美術、と言っても過言ではないです。(すんごい偏見)
っていうか、美術ヲタではない友人や旦那と一緒に展覧会行って、現代美術作品を目の前に「これってどーゆう意味なの」と聞かれることがしばしば。
作家の生い立ちなんかを知ってれば多少説明はできますけど、知らない場合は「己の心で感じてみたまえ」としか返せないこと多々あり。
その辺は「自分が直感的に『好き』と思える作品に巡り会えればいいわけで、全て理解しようとしなくても全然良い」とゆうスタンスですね。
ちょっと説明が長くなりましたが…
そんなMoMAで鑑賞中の絵は、テテがゴッホ好きになったきっかけというゴッホの「星月夜」ですね。
私が訪れたときの様子がコチラ↓
人垣ができてます。
日本の美術館なんかにいわゆる「名画」ってのが来日すると、一枚の絵の前に辿り着くまで行列ができてたりするんですけど、海外のメガ美術館て、どんな名画でも作品の前に人垣ができることなんて滅多にないんですよ。
教科書に掲載されてるレベルの作品や巨匠の作品ですら普通はじっくり1対1で鑑賞できるもんなんです。
モナリザとかは話が別ですけど。
なので、やはりこの絵の吸引力はすごい。
それでも作品と鑑賞者との間に柵がないのは素晴らしいですね☆
日本じゃ到底考えられません。
人垣をかき分けて、正面から撮影☆
感動~~~~!!!
■この絵のコロン流解説■
テーマはずばり「死への憧れ」あるいは「聖なる死」でしょう。あくまで私個人の所感ですけど。
ここでチョロっとゴッホと「死」の関係性を述べておきます。
画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(フィンセント・ファン・ホッホが正式なオランダ読みですが、ここでは英語読みで。以下ゴッホ)はヴァン・ゴッホ家の長男としてオランダに生まれます。少年期、お外でキャッハ~って遊んでいたときに、教会の裏の墓地で自分と同じ名前の墓を発見するんですね。両親に聞くと、なんとそれは自分が生まれるちょうど1年前の同じ日に生まれた兄のお墓だったのです。この時にゴッホは生まれてすぐ他界してしまった兄がいたことを初めて知るのですが…
これって自分に置き換えてみると結構キツい出来事ですよね。亡くなった子と同じ名前を付けた親のセンスに疑問を抱かずにいられないのですが。ゴッホのおじいちゃんや叔父さんもヴィンセントって名前だったので、同じ名前を付けたかったのはわかるんですけどさ。
ちなみに「ヴィンセント(Vincent)」って名前は日本でいうところの「勝利」とか「勝」って名前と同じでして、テテの「V」と通ずるものがありますね。
とまあ、そんなショッキングな事実を知った少年ゴッホは
「僕って生まれ変わりなの?」
「もしかして僕って捨て子なの?」
「じゃあ僕っていったい何者なの?」
「つーか、オレ、一回死んでるってこと?」
と、思ったかどうか知りませんが、とにかくぐるぐるぐるぐる悪い方向へ思考を導いていってしまうのでした。普通の人間でもショッキングなのに、ましてやゴッホはセンシティブで思い通りにならないと「イ-----ッ」ってなりやすい性格だったから、一気に情緒不安定まっしぐらになりますわな。
このように、同じ名前の亡き兄の存在は、ゴッホにとって「死」を強烈に意識するきっかけとなったのではないでしょうか。
そんなこんなで、10代、20代ととにかく挫折しかない青春時代を過ごしていくんですね。
彼の育った環境も手伝って、彼の将来の夢は「キリスト教の聖職者になること」だったんですが、試験が激ムズな上にゴッホは基本、やりたくないことはやらない主義なんで、そんな甘っちょろい考えの人間が試験に受かるはずもなく、案の定お受験に失敗。そのほかにも色んなエピソードがあるのですが、詳細はここでは割愛。とにかくゴッホっちゅう男は、融通が利かないし、すぐにイーーってなっちゃうし、何をしてもうまくいかないことだらけ。理想と現実のはざまで苦しみます。
んで、30代。パリに住む弟テオのもとにいきなり転がり込んできて、弟のすねをかじりながら本格的に絵を描き始めるんです。でも都会の水が合わなくて、アルルっちゅうフランスの南のほうにユートピアを求めて引っ越すんですわ。そのへんの背景もここでは割愛。
そこで色々やらかすんですね。まさかの殺人未遂や自傷行為など、数々の奇行を繰り返し、近隣住民から「コイツどうにかして」ってゆう署名活動まで起きるんです。そんなことがあって「俺は死ぬより生きてる方が辛い…」とかなんとか言って、自ら精神病院に入るんですね。
その病院こそが、この「星月夜」を描いたサン=レミという場所にあるサン=ポール療養院なのです。サンポールwww
この病院の窓から見た景色を描きました。
ってここまで長!!!
ここからようやく本題の作品解説に移ります。
キーワードは「死」、「キリスト教」、「理想」です。
美しい星空を邪魔するがごとく、この絵の中で最も存在感を放っているのが左にある大きな黒い突起物(突起物言うな)ですよね。炎のようにうねっていますが、これは「糸杉」という木。
糸杉の花言葉は「死、哀悼、絶望」…暗すぎwww。
イエス・キリストが処刑されたときの十字架が糸杉で作られていたと言われていたり、ギリシャ神話でキュパリッソスって子が仲良しの鹿を誤って殺しちゃって、喪に服すために糸杉になったり(どゆこと)、亡くなった人を収納する棺に糸杉を使ったりと、ヨーロッパのほうでは糸杉は「死の象徴」というのが一般常識となっているんですね。なので墓地にもよく植えられています。
また、水に強く腐りにくい性質をもっているので、昔から船とか家具とかに使われていた材木でもあるんです。なので、「永遠」の象徴でもありますね。ゆえに古代エジプトや古代ローマでは「神聖な木」として扱われていました。
日本で例えると、そう、水に強いと言えば最高級木材のヒノキですね。日本神話でスサノオが胸毛をちぎってヒノキに変えて、「これは宮(神さまたちのお家)を作るのにいいぜ☆」って言ってたやつです。そこから今も脈々と伊勢神宮はじめ色んな寺社仏閣でヒノキが用いられていることで、ヒノキ=神聖な木といった概念が生まれたのと似ていますね。
で、そんな糸杉をゴッホは「エジプトのオベリスクのように美しい(ウットリ)」と愛でていたんですね。(ちなみにゾロアスター教では炎のように見えるこの糸杉を聖なる木としています。)
きっと、ゴッホは「天まで昇れ~~糸杉よ~~~~」ってな気持ちで描いたことでしょう。(想像)
次に月&星。
月(1)+星(11)=計12個のモチーフが描かれています。この「12」って数字はキリスト教的な意味では一般的に「12使徒」を表していると言われます。でも、この作品ではなんか月だけ特別な感じがするので、これをキリストと据えて、それ以外の11個は殉職しなかったヨハネを除いた11人の使徒を指すんじゃないかな~と考えています。無理矢理ですけど。
すなわち、ゴッホが「オレが死んで12人目の使徒になるんや!」という願望の表れかと。
おどろおどろしい空のうねりからも、ゴッホの荒ぶる感情と月(キリスト)に近付こうとする執念が感じられます。
次に眼下に広がる街並みですが、これは病院の窓からではなく、別の場所から見た風景が想像を織り交ぜながら描かれています。なので、絵画制作をする上で、目に見えた風景そのままを描くのではなく、テーマを表現するための「理想的な構成」にしようという意図を感じられますよね。
そこでちょっぴり「ん?」って思うのが中央付近にある突起物←です。これは教会を描いたらしいのですが、変な位置~と思いますよね。それと、とんがりすぎwww私が思うに、「街の中心にある教会(=昔破れた夢、本当は自分がなりたかった姿)はどんなに頑張っても天に届く(=成就する)ことはないが、自分の心は糸杉に乗って天に届くことができるんじゃ~~~」というゴッホの強い願望を表現するために、対比として描いたんじゃないかなと。過去の挫折に対する恨み節のようにも思えます。
そんなわけでこの絵からは、一度は裏切られた(受験に落ちた)キリスト教なのに、それを捨て去ることなくいつまでもいつまでも執着し続ける諦めの悪さと、死によって神に近づけるという希望を感じずにはいられません。
なので、「死への憧れ」、「聖なる死」がテーマだと解釈した次第です。
とまあ、ここまで好き勝手述べてきましたけれども、絵画鑑賞ってものは各々が好きなように作品を解釈する言わば「妄想行為」なので、たとえ作家本人が「こうだ」と言っても、自分の解釈が「ああだ」となれば、それも一つの解なんですよね。
だから、私の解釈に異論や突っ込みどころがあったとしても、
そこはスルーしておくんなまし。打たれ弱いの
そして作品の解釈よりも何よりも、ゴッホ作品の一番の見所は
筆致
にあります。
要は「筆づかい、筆あと」ですね。
これが作品を斜めから見たところなんですけど、絵の具の盛り上がりにゴッホの息遣いが聞こえてきませんか?ハァハァ
何を隠そう(本日二回目)私は筆致フェチであります。
このモリモリッとした感じをゴッホが一生懸命「えいっ、えいっ」って描いてたと思うと、
激しく胸きゅん♡
きっとテテもこの作品を見て、同じ気持ちになったことでしょう。(やめなさい)
ってここまででまだ1作品しか紹介できてませんけどーーーー!!!
お次のシカゴ美術館のほうも詳しく見ていきたいので、続きはまたの機会にしたいと思います。(もはやただの作品解説になってしまっている感は否めませんが…)
最後にただイケメンを撮りたかっただけのサジンを…おい
中心の壁に「星月夜」が展示されております☆
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ではまた~






