目覚めた冬獅郎は側に居た卯の花から記憶の欠落部分の補足を受けた。
藍染達が裏切り己の副官を勤めていた雛森は既に死んだという受け入れ難いものだったが途切れ途切れに残っている記憶の欠片と卯の花の話は大筋で一致しており何より卯の花の言葉なので信じた。
大戦前に言い交わしたという少女と引き合わされて納得してしまったのも同じ理由と気付けば大切な人間を全て失っているという寂しさから来る人恋しさからだったのだろう。
だから、卯の花の
「細かい計画は、わたくしに任せてくださいね」
という言葉に未だ朦朧とする頭で頷き、床上げと同時に金屏風の前に座らされた。
京楽の悲しそうな笑みと
「これで良いの?日番谷君」
の言葉に真意を確かめようとしたが卯の花に、するりと阻まれてしまった。
感じていた戸惑いは結婚後に、はっきりした違和感となって冬獅郎を包んだ。
愛しいはずの妻には何故だか指一本触れる気になれず、それどころか愛しさと反対の気持ちさえ湧いて来る事がある。
一方、卯の花と雪音は結婚後の冬獅郎の微妙な変化に気付いていた。
元より愛想の無い冬獅郎だったが、それでも稀に酷く優しい笑みを浮かべる事があった。
だが、今の冬獅郎は全く笑うことがない。
いや、それどころか
全ての表情に乏しくおよそ感情というものを失くしてしまったようだ。
卯の花も雪音も記憶のない冬獅郎自身も知る由もないが、冬獅郎が柔らかく笑む時は大抵の場合、何かしら乱菊に関わるものを思い出していたのだ。
ある日、冬獅郎は鏡台の上に緑色に白い雪の結晶が描かれたトンボ玉を見付けた。
自分が作った物で確かに好いた女に贈った記憶があった。
それを雪音が持っていたのも卯の花の説明を裏付けたのだ。
何気なく、緑のそれを手に取った冬獅郎は激昂した。
「冬獅郎様」
丁度、部屋に入って来た雪音は冬獅郎に声をかけたが振り返った冬獅郎の顔に身を竦ませた。
冬獅郎は見た事もない冷たい目を雪音に向けていた。
そして、口の端を上げ酷く綺麗に笑んで言った。
「お前…俺を騙してたんだな」
「何を?それはあなた様が手ずからお作りになり、わたくしにくださったものではありませんか」
「あぁ?それが騙しだってんだろ。わからねぇな」

「何を…わたくしの目の色を地色に、そしてと名前から雪の結晶を描いてくださったのでしょう」
「よくできた偽物だぜ。だがな俺が作ったのは雪の結晶の菱形の内の点が丸じゃなくて三日月なんだ。何故やら俺自身を表すものを惚れた女にやりたかったからだ。代わりに俺自身は、その女を示すものを見に着けている」
冬獅郎は煙草入れに付けていた根付けを見せた。それは空色の地色に白で細長い花弁の菊、乱菊が描かれていた。
記憶に無いはずの事が不思議と流れるように口をついて出た。
冬獅郎は偽物を持ち上げると思い切り踏み石に叩きつけた。
偽物は砕け散った。
その夜からだ。冬獅郎の夜の散歩が始まった。
押し留める門番を霊圧で沈めて冬獅郎は歩き始める。
途中に誰かと出会えば会話する。
だが、翌朝には冬獅郎は何も覚えていなかった。
「あなたの施術は失敗だったのですね」
「わたしは最初から無駄だと言ったはずだヨ」
十二番隊から出て来た卯の花を京楽は自隊へ誘った。貴賓室に落ち着くなり京楽は口を開いた。
「僕はね烈ちゃん。及ばずながら君達母子に同情して来たんだ」
「だから何ですの?」
「けれど日番谷君の事はどうだろうね?君がすべきだったのは娘の要求を全て叶えようとする事じゃなくて人の情理を教えて人の気持ちに無理強いはできないと言い聞かせる事じゃなかったのかな?」
「でも、冬獅郎さんは松本さんを忘れて雪音と結婚しましたわ」
「本当にそう思うかい?僕はね夜、彼に会って後を着けたんだ。日番谷君は眠ったまま乱菊ちゃんを探していたよ。でも、どうしても見つからなくて慟哭していた。僕はあんなに激しい悲しみを見た事がなかったよ」
「わたくしは」
「君の結婚が悲しく終わったのは気の毒だけれど。だからって日番谷君達を不幸にして良いはずはないよね。結局、君は二人を殺してしまった」
「冬獅郎さんは生きていますわよ」
「あの状態で生きていると言えるかな。少なくとも心は死んでしまっているよ」
京楽は、そう言って寂しさげに笑った。