今日は、11月16日。

快晴\(^o^)/

でも、どこにも出かけていません。

疲れているので、部屋でうだうだやってます(^_^;)

明日には雨が降り出すとか(ToT)

 

さて、先日、母の入居を申し込でいる特養から連絡がありました。

いきなり、入居の準備が整いつつあるのでいろいろと準備をして下さい、との事でした。

先日、母の介護度が④から③に下がったので、入居が遠のいたと書きましたが、まさに寝耳に水。

とりあえず、明日、母をコロナワクチン接種で済生会境港総合病院に連れて行くので、主治医に施設あての紹介状を発行して貰うようお願いしに行きます。

入居を願っていたのですが、いざ、入居となると寂しいものを感じます。

母の介護は大変ですが、ある意味、生き甲斐に近いものを感じていました。

そもそも、山口県から鳥取県に戻ってきたのは、両親の介護に責任を持つためでした。

父は9年前に亡くなり、母が生きています。

言葉は悪いですが、姥捨て山のような感覚です。

お金が山のようにあって、働かなくても良ければ、介護を実家で続ける覚悟はありますが(^_^;)

 

 

① 13日、お仕事で山陰道沿いの道の駅・大山恵みの里に行きました。

 

 

 

 

 

②~⑤ こぢんまりとした道の駅です。

食堂で注文したのは、とんかつ定食。

蕎麦が売りなのに(^_^;)

 

 

 

⑥⑦ 大山町に存在する道の駅です。

今日は、11月11日。

ぞろ目ですね(^_^;)

今週は、仕事が何かと詰まっていてしんどいです。

帰宅すると、ウイスキーのお湯割りちびちびしていると睡魔に襲われてしまいます。

あまり、ブログ投稿しないと忘れ去られるので、何とか今日は書き上げます(^_^;)

 

 

① JR東日本・大糸線・白馬駅の駅名標です。

所在地は、北安曇郡白馬村大字北城四ッ谷。

幼い頃から、この「は・く・ば」という響きに憧れを感じていました。

やっと、この地に踏み込みました\(^o^)/

駅だけですが(^_^;)

 

 

 

②③ ロッジ風の駅舎とだだっ広い駅前ロータリー。

さすが、高原観光の拠点です。

ロータリーに広さもタクシーやバスで運ぶためでしょうか。

実は、真夏だというのに寒さを感じる朝でした。

もちろん半袖ですが、長袖が着たかったぐらいです(゚Д゚)

昨晩の新宿駅では、汗拭きタオルを絞ったら汗がしたたりそうな暑さでした。

それが一気に、「秋」以上「冬」未満の体感でした。

 

 

 

④⑤ 充実した観光案内板。

 

 

⑥ 駅構内の様子です。

霧が、さらに寒さを実感させました。

 

 

 

⑦⑧ ホームの様子です。

 

 

⑨ ここで、南小谷駅行きの普通列車に乗車です。

高原ですね~♪

 

(つづく)

今日は、11月9日。

朝から雨(ToT)

滅入ります。

昨日、9月以来の駅名標撮影行脚を敢行しました\(^o^)/

画像の紹介は、まだまだ先の先の先のお話し(^_^;)

とりあえず、宿だけ紹介します。

 

 

 

 

①~③ たつの市にある「二葉旅館」です。

もちろん、金額を引き上げればホテル(インターのソバとか)もありましたが、経費節減と合わせて先日山口で旅館に泊まって、久しぶりに旅館の良さに気付いたからです。

典型的なビジネス旅館です。

いいんです。

寝られれば!

3人用なので広々としているし。

1週間ぐらい滞在したいぐらいでした(^_^;)

 

 

 

④⑤ 翌朝の風景。

目の前に川が流れています。

この道路。意外に交通量が多く、夜もトラックの音が聞こえてきましたし、朝も多かった。

 

さて、寄り道はとりあえずここまで。

8月の(^_^;) 画像紹介を続けましょう。

 

 

⑥ 新宿駅ホームに停まる、臨時特急「アルプス」。

今回の旅の最初の目的は、この列車に乗ることです\(^o^)/

大昔、中央本線には夜行列車が走っていました。

座席メインだった急行「アルプス」。その復活版です。

ただ、出発時刻が23時58分。

新宿駅に着いたのは、21時半。

2時間つぶすのに苦労しました。

結局、駅前の座りにくい椅子に腰掛けて、夜中だというのに大量に流れてくる人波を眺めながら過ごしました(^_^;)

 

 

⑦ この表示!

旅情が高まります。

 

 

⑧ 座席にもかかわらず、爆睡してました。

 

 

 

⑨⑩ 何気にJR東日本の形式をまじまじと確かめてしまいました。

いつも「キハ」とかばかり見ているので新鮮です。

 

(つづく)

 

 

①② 今日は、11月6日。

お仕事でりんご園にお邪魔しました。

まさに、鈴なり\(^o^)/

6個もぎました。

さて、今日、母の介護保険証が更新されて送られてきました。

要介護④から、「③」に落ちていました。

母は、どんどん手がかかってきています。

歩けません。基本、車椅子です。

会話が出来ません。成り立ちません。理解できません。

そんな母の何を調査したのでしょうか?

認定調査員は、拷問のように質問攻めにした挙げ句、ほとんど回答できない母を見て、何が分かったのでしょうか?

介護の苦しみを訴えても、何も感じなかったのでしょうか?

「④」ならば、特養へ近づけると思っていました。

かなり遠のきました。

これは、あと5年は耐えろ!という最後通告に感じました。

 

 

③ JR東海・東海道新幹線・小田原駅の駅名標です。

所在地は、小田原市城山一丁目1-1。

下車した訳ではありません。

こだまですので、各駅停車。

たまたま自分の座席が駅名標の目の前に来ただけです(^_^;)

 

 

④ JR東海・東海道新幹線・新横浜駅の駅名標です。

所在地は、横浜市港北区篠原町2937。

ここで、下車。

 

 

⑤ 相模鉄道・新横浜線・新横浜駅の駅名標です。

所在地は、横浜市港北区新横浜二丁目100-1。

新横浜駅近くのスーパー銭湯で汗を流したものの、駅まで歩く途中で結局汗だく(^_^;)

 

 

⑥ 相模鉄道(JR東日本)・新横浜(相鉄線直通)線・羽沢横浜国大駅の駅名標です。

所在地は、横浜市神奈川区羽沢南二丁目471-3。

開通からかなりの時間が過ぎましたが、やっと、完乗しました。

 

 

 

 

⑦~⑨ ホームの様子です。

都会ですね~♪

新宿行きに乗車。

 

(つづく)

今日は、11月5日。

快晴\(^o^)/

秋晴れですね。

こうした日々も短いのでしょう。

そして、寒い冬。

つい先日まで「暑い、暑い、猛暑だよ」と叫んでいたように思うのですが(^_^;)

 

 

① 11月2日、みなとテラス(境港市民活動センター)にて開催された「平和のための戦争展in境港」に出かけました。

講演は、広島県被団協の理事長さん。

原爆被害の話し、ノーベル平和賞授賞式の様子などのお話しでした。

 

 

② 原爆パネル。

 

 

 

③④ 広島の高校生が描いた「原爆の絵」パネル。

被爆者から生々しい話を聞いたり、自分でいろいろ調べたりして高校生が描いたものです。

想像力の欠如が叫ばれている昨今、相当苦労したと思います。

しかし、その苦労こそが平和の礎につながるのだと確信します。

 

 

 

 

⑤~⑦ 戦争資料。

こうした”生”の資料が大事です。

話で聞くだけでなく、写真を見て終わりでなく、生の体験が大事です。

こうした時代があったという事は、ちょっと気を抜けば再来するのです。

 

 

 

⑧⑨ 玉栄丸爆発事故のパネル展示。

山陰最大の戦時事故と言われる、玉栄丸爆発事故。

軍の命令で弾薬を積んだ船が境港に接岸して起こりました。

当時、地元最大の物流会社は「爆発の危険があるので、船は沖合に停泊して艀で運んだほうが良い」と忠言したものの、軍は聞き入れず。

結局、兵士の投げタバコの火が発火の原因と言われています。

境港の旧 境町地域に延焼が広がりました。

爆発地点には大きな穴が出来た、とか。

もちろん、大変多くの死傷者が出ました。

戦争がなければ無かった事故でした。

今日は、祝日。文化の日\(^o^)/

母をショートステイ先に送るのですが、朝起きてトイレに連れて行くと6日ぶりの排便(お食事中の方、すみません)。

基本、母に一人で力んでもらうのですが6日ぶりですから、固まってる、大きい。

私たちでもそんな時は苦しみを味わいます。母もきっとそうだと思いますが、決して感情を示すことはありません。言葉も発しません。ただ黙々ときばっているだけです。私が出来ることは、見守るだけ。

それでもスッキリしたようで穏やかな表情でした。

ショートステイ先に送り届けた後、職場に寄って労組の用務を済ませた後、鳥取市に向かいました。

 

 

① とりぎん文化会館で行われる「鳥取チェンバーオーケストラ・第6回定期公演」に参戦するためです。

2時開演で1時過ぎには到着しましたが、駐車場はすでに満車。

ちょっと離れた県庁に停めることは出来ましたが、それなりに歩くし、速攻で帰りたかったので文化会館の向かい側にある鳥取赤十字病院の立駐へ。1時間300円取られますが、仕方ありません。

 

 

② バロック音楽メインでした。バロックは大好物です。

基本、弦楽合奏団ですが、ソロとしてトランペッターが客演。

この人は、世界的に有名な方。

なぜ、そんな方が。

奥様は日本人で、祖父母が赤碕(琴浦町)だったので何かと鳥取県にゆかりがあったようです。

 

 

③ セトリです。

バロックでも、ヴィヴァルディの一世代先輩達やバッハと同期のヘンデル。

トランペットの響きが透き通っていて、惹きつけられました。

ラストのメンデルスゾーンの八重奏曲は、本来8人編成。

それを弦楽合奏で演奏するわけですが大迫力でした。

ちなみに、メンデルスゾーンは死後忘れ去られていたバッハを世界に発信した音楽史上の功労者です。

ロマン派の作曲家なのでメロディーは超綺麗です。

 

 

④ 団員のみなさん。

今回の会場(とりぎん文化会館・梨花ホール)は、音響が優れています。

私は最後方の座席でしたが、少人数の弦楽合奏では聞こえづらいかも?と思っていたものの全くの杞憂でした。

しかも、団員のみなさんの経歴が実は凄かった。

中には、N響の首席ビオラ奏者の方など全国的に活躍されている方がちらほら。

もちろん、団員の多くは鳥取・島根を根城にして活動されている面々です。

この小さな鳥取県に、世界でも通用する楽団があるという事に誇りを感じます。

なお、アンコールはトランペット独奏の童謡「ふるさと」弦楽合奏版でした\(^o^)/

もちろん、涙がでました。

やはり、「ふるさと」は最高です。

童謡「ふるさと」を日本の国歌に!

今日は、11月2日。

未だ腰完治せず(ToT)

月曜日に発症したので、ぎっくり腰の常道パターンでは2週間はかかります。

しかし、本格的でなくプチなのに長引くのが辛いです。

今日もなるべく大人しくしときたいところですが・・・

 

 

① 米子駅・境線ホーム。

8月の旅の画像紹介をやっと始めます(^_^;)

境線はすべての駅に妖怪の名がついていますが、「猫娘」だけはついていません。

ゲゲゲの鬼太郎で言えば主役級であり、しかも、境線の列車にも「猫娘」列車が存在しますが駅名になっていないのが不思議です。

猫はもはや身近な隣人なので、あえて妖怪扱いするのも憚れるのでしょうか。

 

 

② 同じく、境線ホーム。

鬼太郎と目玉親父。

映画によれば、鬼太郎のお父さんはめっちゃイケメンです。

幽霊族最後の生き残り・鬼太郎の生涯を見届けようと、自らの身体が朽ちていく中で目玉だけが生き残ったという執念の人です。

 

 

③ 米子駅構内にとまるディーゼル機関車。

今でも気動車やディーゼル機関車がメインの米子駅ではありますが、昨今はやくもばかりがもてはやされます。

 

 

④ 岡山で新幹線に乗り換えて、名古屋で降りました。

行き先は新宿なので、わざわざ下車する必要はありませんでした。

しかし、この駅ホームのきしめんを食べてみたかったのです。

ところが、ご覧の通り行列。

待てば良いのでしょうが、待つのが大嫌いな私は速攻で「食べない」判断をしました。

何しに下車したのやらw

 

 

 

 

 

 

⑤~⑨ 新幹線はもちろん山側の座席を確保。

私が予約したときは、山側窓側の座席がほぼ埋まり何とか空いていた幸運の座席でした。

富士山は、日本一の山。

やはり、見応え最高ですね\(^o^)/

ここまで魅了されるのは、高さもあるのでしょうがなによりも独立峰であることが大きいですね。

富士山しか目に残らない(^_^;)

 

(つづく)

 

 

今日は、10月30日。

本来は昨日が公休日でしたが、小イベントがありましたので今日代休消化しました\(^o^)/

腰を痛めているので、ゆっくり目に起き、ほとんど移動せず一日を終わりました。700歩余りです(^_^;)

堪っていた録画番組の消化も終わり、残すは8月以降の撮影行脚の画像整理(メールの受信箱に残したまま100件近くあります)。

夕方、母をショートステイ先に迎えに行きましたが、今日はいつも以上に母の立ち上がり力がレベル1ぐらい(^_^;)まで下がっていてこちらが持ち上げないと我が愛車に乗れない状況でした。腰を痛めているので無理な体勢ができず、ショートステイ先の職員さんに足を持ち上げてもらって何とか乗車完了。実家に戻りベッドへの移乗も何とか完了しましたが、腰を気にしながらの介護はマジきついっす。

 

 

① 昨日の小イベントで向かった先は、永井隆記念館。

島根県雲南市三刀屋町にあります。

永井隆と言えば、『長崎の鐘』で有名な方で実際に長崎県に資料館がありますし、晩年を過ごした家屋も保存されています。

なぜ、島根県?

永井隆博士は、松江市生まれです。

父が医師で、雲南市三刀屋町(旧 飯石郡三刀屋町)で開業したので1歳~小学校卒業までの多感な時期を過ごしました。

ある意味、故郷。ほぼ、故郷と言っても良いでしょう。

私も本籍地(生誕地)は、長崎県雲仙市小浜町ですが3~4歳で境港市に来て高校卒業まで過ごしたので、故郷は?と問われれば、やはり「境港」と答えるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

②~⑦ 資料館の展示です。

高校は理系で長崎大学医学部に進学する博士は、唯物主義にどっぷり嵌まっていたようですが、母の死から信仰や死と向き合う中で思索を深め、当時住んでいた長崎市浦上地区が日本のカトリックの中心地だった事もあり、クリスチャンとなりました。

彼自身は放射線医師として活躍。ただ、レントゲン撮影を数々こなす中で、戦中で物資が乏しくなりレントゲン放射された患部を直接観察するしかなくなり、放射線を大量に浴びて白血病を発症してしまいます。

そんな身体で原爆被害に遭うわけですが、自ら大けがを負いながら負傷者の治療にあたったとの事。

晩年は、⑦枚目(これは、長崎にある如己堂を忠実に再現したもの)の庵で寝たきりになりながら、執筆活動を続けたとの事でした。そんな彼を見舞った人の中には有名人が多数。昭和天皇、カトリックの最高指導者達、そして、ヘレン・ケラーも!

彼の思いを受け継ぎ、雲南市では平和の作文を毎年募集しているそうです。

山陰には戦争に関する遺跡や資料館が割とあります。

それらを訪ねる事も大事かな、と思った見学でした。

 

 

 

⑧⑨ 資料館と道路を挟んだ向かい側にあった中華料理店で昼メシ。

麻婆豆腐定食を注文したら、ラーメンまで付いていたのでもちろん味噌。

結構辛かったです。本場の味かな?接客されていた女性が中国人っぽかったので。

さすがに、これだけ食べると腹パンでしたので、夕食は無しにしました(^_^;)

 

 

⑩ 最後は、道の駅・さくらの郷きすきでお土産タイム。

私は、まんじゅうのようなものを購入し、それを酒の肴にして夕食の代わりとしました。

今日は、10月28日。

昨晩は、東横イン米子駅前で仕事の宿泊。

2日間に渡った大イベントを乗り越え、かなり気楽になりました。

しかし、腰をちょっと痛めたようです(^_^;)

ぎっくり腰ではありませんが、気をつけないと”2段階ぎっくり腰”へようこそ!となりかねません。

本当は明日休みたかった(公休日)のですが、明日は明日で小イベントがあるので休めません(^_^;)

 

 

① 25日(土)の昼メシ。

本当は公休日でしたが、大イベントの準備もあり適当に出勤。

それでも、昼メシだけは外食に。

イオンモール日吉津店のそばにある建物に「まさお」という名の天ぷら屋があります。

評判が良いので行ってみましたが、2時過ぎだと言うのにすでに2組待ち。

待つのが大嫌いな私は、速攻でその場を離れました(^_^;)

代わりに、イオンモール日吉津店のフードコートでリンガーハット。

定番の皿うどんですが、”野菜たっぷり”皿うどんを選びました。

野菜マシマシのため、桁外れな大盛りになってました\(^o^)/

ヘルシーと言うことで完食いたしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

②~⑩ 26日(日)、境港市内の誠道公民館に出かけました。

公民館祭りに知り合いが展示をしていると聞いて駆けつけました。

集めれば集めるものです。

コレクター魂を揺さぶられる展示です。

機械モノというものは、幼い頃の記憶がよみがえりウキウキしてしまいます。

これだけ集めるのにどれだけ苦労したかを考えると、胸に迫ってきます。

ぜひ、今後も収集を続けてもらいたいものです。

今日は、10月26日。

ヒルネを1時間もしてしまいました。

疲れていたんでしょうね(^_^;)

昼間は市内、誠道公民館に出かけ、知り合いの展示物を見学してきました。

その画像は、明日。

 

 

① 何と1月以来!

超、超、超、超久しぶりの米子市一周散歩。

冬は寒くて足が向かず、そのうちにいつの間にか夏になってしまい、猛暑で散歩どころではなくなりました。

やっと、散歩の季節到来。

それにしても、10ヶ月も歩いていなかったとは(^_^;)

 

 

 

②③ 県道を進むと、島根県との県境に到達。

ここで方向転換。

 

 

 

 

④~⑥ 農村風景が続きます。

いつも思いますが、農家の敷地って大きいですよね。

また、藪から熊が出てこないかヒヤヒヤしてました。

秋田県の熊出没案件の多さに比べれば少ないものの、中国地方も似たようなもの。

しばらくは気をつけなければなりません。

街中に到達するのは何時になることやら(^_^;)