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 亡父の死去以来、大船くんだり迄出掛ける機会が増えましたが、昨日、

 

「大船って北鎌倉の次ぢゃないかびっくりビックリマーク

 

と気付いて仕舞いました。

 

 北多摩から大船迄は2時間。何分時間が掛かるので、用務終了後は直帰していましたが、

 

「観光地に近かったんだ〜。」

 

と改めて感じました。北鎌倉と言えば小津安二郎監督。原節子さん主演の《晩春》《麦秋》の舞台ですね。《北鎌倉》と検索してみると、旧小津邸の在った場所を訪ねた方のブログ記事が最初にヒットしました。

 著者は小津映画の音楽を担当された斎藤高順氏のご子息のようで、記事の中に《斎藤高順回想録》を引用なさっていましたが、記事を読み乍らわたしは

 

「斎藤高順氏と言えば、1969年に《みんなのうた》で放送された《ケルンを積もう》の作曲者ではないかはてなマーク

 

と気が付きました。

 わたしが《ケルンを積もう》の思い出をブログに書いたのは昨年9月。当時、作曲者に関しては幾ら調べても情報が無かったのに、偶然出会ったご子息のブログで漸くその足跡の一端に触れることが出来ました。

 

 明けて5月9日月曜日は朝から弱い雨。今年の5月はなかなか上手く気温が上がりません。雨が強くなる前に急いでそらわんわん とお散歩に出掛けました。

 飼主の思いと裏腹、たっぷり丹念ににおいを嗅いで歩くそらわんわん。しかも、わざわざベンチの沢山在る公園に入っては、
 
「ベンチ在るよ〜」
 
と振り返っておやつアピールです。
 多摩湖自転車道の途中でもこのとおり。
 
「そらわんわん、落ちるよビックリマーク
 
と声を掛けたのですが、この後やっぱり落ちました。
 たっぷりにおいを嗅いだそらわんわん は多摩湖自転車道の途中でちょっぴりうんちをして引き返し始めました。
 
「今日は雨だから、濡れ乍らうんちしないで良いように朝うんちしとこうねぇ。」
 
と言ったわたしの声掛けを理解していたのでしょうかはてなマーク
 帰り道のベンチでおやつを強請ったそらわんわん におやつを食べさせている間に、一寸お花を調べました。スイカズラに似ていますがピンク。Googleレンズを向けると、《ニオイニンドウ》と出て来ました。
 
 おおぞら公園迄戻って来たところで、路傍の梢に白とピンクのウツギの花が咲いていることに気が付きました。ハコネウツギかオオベニウツギか、種類は判りませんが、こんなところに大きなウツギの気が在ったなんて、今迄全く気付いていませんでした。
 さて。

 

 毎日BSプレミアムで再放送されている《芋たこなんきん》を見ては泣き笑いをさせて頂いているところですが、お手伝いさんのヌイさんを演じる西岡慶子さんの大阪弁を聴いているうちに泣きそうになりました。
 
「あないな庶民の大阪弁をきっちり喋らはるお方はもう絶えておいでにならはらしまへんやろな。懐かしい。」
 
と思わずには居られませんでした。
 
 田畑智子、尾野真千子、いしだあゆみ、小西美帆という朝ドラヒロイン4人を脇に回した《芋たこなんきん》は随分と贅沢なキャスティングです。
 
*後で気付いたのですが、菊池麻衣子さんも出て来ましたびっくりビックリマーク 朝ドラヒロイン5人目です叫びビックリマーク

 主演の藤山直美さんは寛美先生のお嬢さんですし、徳永医院のお父さんは松竹新喜劇の小島慶四郎さん。西岡慶子さんも、松竹新喜劇結成メンバー曾我廼家五郎八さんのお嬢さんです。いやはや、《おちょやん》の遺伝子が凄いことになっていますビックリマーク
 
 西岡慶子さんの「〜だんな。」(〜ですね。)という科白を聞いて、
 
「嗚呼、こんな言葉遣いを聞いたのは何十年振りだろうかはてなマーク
 
と考えたら、NHK-Gの《けったいな人々》(1973年)高森和子さんが演じたごりょんさんに迄遡るんぢゃないかと思いました。いや、もしかすると、松竹新喜劇結成メンバーのお一人浪花千栄子さんのCM以来かも知れません。
 
 《連続テレビ小説》は物心の付き始めた頃、《おはなはん》、《旅路》を観ていた記憶が在り、《風見鶏》、《おていちゃん》、《マー姉ちゃん》、《鮎のうた》、《ハイカラさん》の頃がいちばん観ていたかも知れません。とは言っても当時の録画手段はVHSですし、録画予約も在りませんでしたから、欠かさず観るようになったのは《ゲゲゲ》辺りからでしょうかはてなマーク
 
 今年は故郷東大阪市を舞台にした朝ドラの放送も待っています。今どきの東大阪市では流石に、
 
「あんな、わいとこの嫁がな・・・」
「何やてはてなマーク おまえんとこのぶっさいくな嫁はんがどないしたてはてなマーク
 
とか、
 
「おまえ、何晒してけつかんねんはてなマーク
「どあほ、仕事しとんやないかいビックリマーク
 
という類の《普通の河内弁》の会話も絶えて久しいのでしょうね。
 
 尤も、ヒロインは勿論、脇を固める出演者を一覧してみたところ、近畿地方出身者は疎ら。東大阪市出身者に至っては皆無という状況。これでは《普通の河内弁》は疎か、現代の東大阪市の言葉を再現することも難しいのではないかと懸念と危惧が沸いて来ました。