藤澤驛のビルのエスカレータは、節電とか稱して土日。祝日は運轉しない。股關節に障害のある僕は、階段を登り下りする度に此の野郎、と思ふ。御願いだから原發を増やして節電を止めてくれ。


自動車は原發よりも危險なものなのに、不思議と自動車の生産を中止しろといふ聲を聞かない。原発推進が電力會社の隱謀なら、これは自動車會社の隱謀ではないのか。


これから割と科學的に、自動車の方が原發より危險である事を説明して行く。日本で停止されてゐる原發を再運轉して、新たに原發をボコボコ作つても、十年間で死傷者を十萬人以上出すことはまづない。


十年間で一万人と言つても良いのだが、弱い放射線を長期間浴びた場合どうなるかが良く分つてゐないので可也、原發に厳しい想定をしてゐる。


實際、今囘の福島での事故も、直接的な死者は出てゐない。日本は蘇聯ではなく、日本の原發はチエルノブイリではないのだ(チエルノブイリでは數百人の直接的死傷者が出てゐる)


つまり、原發事故で今後十年間に直接的死傷者が千人を超える事など殆ど有り得ない。そして自動車ではほぼ確實に、今後十年以内に十萬人以上の死傷者がでるのである。


それでもかう反論される方はゐるだらう。直接的にはさうかも知れないが、弱い放射線を長期間浴びた場合の間接的な影響はどうなのか、と。これはまあ、現時点では分らない。


但し、公式に出まわつてゐる放射線の基準値は、科學者たちがまあこのくらゐなら大丈夫だらうと推定した値を十倍だか百倍だかして決める。


だから、現實的に見れば基準値を超える放射線を多少あびてもどうといふ事はない(多分、といふより可也高確率でさうである)


それに自動車や火力発電も、放射線を周囲にばらまいてゐる。石油には微量の放射性物質が含まれてゐるためだ。誰も問題視しないのが、通常は火力發電所がバラ撒く放射線の量は原發がバラ撒く放射線の量よりも多い(原發事故などのときを除く)


つまり、放射線の被曝により發癌したとしても、それは原發ではなく自動車や石油發電所の影響かもしれない。勿論、そんな原因を區別する事など技術的に不可能である。


公正に比較するなら、自動車の排氣ガスが人體に與へてゐる影響なども考慮しなければならない。長年排氣ガスを吸ひ續けた事によつて、何パーセント(PPM?)かの人は死んだり發癌してるかも知れない。


さう、間接的な影響を比較する事など土臺むりなのだ。それなら直接的には被害がこれほど歴然とした差があるのに、自動車はな何故、批難をされないのだ。


原發はトイレが無い、といふ批判も、原發固有の問題ではない。我々先進國の人間は中古車といふ形で發展途上國へ粗大ゴミを大量に捨ててゐる。


本當に、原發を廃止しろと言ふ人たちは、何故自動車の生産をやめろとは言はないのか。