k.okuharaのブログ

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自分が興味を持つ歴史上の人物を描いてゆく

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二位殿は、知盛卿(とももりきょう)の二番目のお子さんに、お衣装をお着せになって、須磨の宮殿でなくなったと聞いていた御剣(三種の神器の一つ)のようなものを、お持たせになって、 海にお入りになった。

そのありさまを見たものは、身の置きどころもなく暗澹たる気持 になり、敵も味方もみんな嗚咽をこらえ、念仏を唱えながら、潜って(お二人を) 水上 にお引き上げようと騒ぐ。

二位の尼(平時子)とともに海に沈んだのは平知盛の子

 

 天皇の身替わりとして、二位の尼(平時子)が選んだのは、知盛の乙(おつ)の子でした。乙の子というのは、二番目の子の意味で、知盛には、知章(とおあき)、知忠(ともだた)、知宗(ともむね)の三人の男児がありました。
長男知章は生田(いくた)の森の戦いで、父知盛を助けるために敵に討たれました。

 息子が首をきられるのを見た知盛は、「目の前で、子が親を助けようとして敵とたたかうのを見ながら、なんという親であろうか、その子を助けないで逃げ帰ってしまった」と激しく泣きます。

 源平合戦最後の日、御座船の中を掃き拭い、きれいに掃除して、浮び上がらないようにと鎧二領(よろいにりょう)を身につけ、「見るべきほどの事は見つ」(この世で経験すべき事のすべてを見た)の名台詞を残して、海に飛び込んで果てました。