タイトルについて、補足。
物語文においては、
主人公に感情移入すると、解きやすくなる感覚
というものがあります。
それなりに、皆様お持ちのもの、でしょうか??
何分、私の年齢が年齢で、中学受験向けの文章だと、主人公が小学生が多く、
とんと、ご無沙汰している感覚ではありますが。
ともかく、主人公の気持ちが分かって、なんか解きやすいな、というものあるでしょう。
そして、
逆も然り
その逆がよろしくないのか、というと、実はそうでもなく。
解きやすくなる ≠ 正解しやすくなる
決して、等号でないのが、面白いところでしょう。
当記事では、この
解きやすくなる感覚
というものを、起点として、
国語界隈でよく聞く表現の、
精神年齢が高い子どもだと、問題が解きやすくなる
というものに、ついて、私見を。
① 解きやすくなる感覚、とは何か
上記にあるように、
正解しやすくなる
というものとは、同義ではないとしています
また、「感覚」という表現にも、ご注目を。
解きやすくなる感覚
これはどういうものかと考えると、
主人公の境遇、心情に、シンパシーを感じ、
設問を読んだ段階で、答えが浮かぶ
ないし、
選択肢を読んだ段階で、「これだ!」と思える答えを見つける
と、定義します。
上記で、正解しやすくなるとは、異なるとした理由、分かるでしょうか?
つまりは、
問題を解くとき、改めて、本文、ないし、選択肢を読むことを、しない可能性が大いに高まる
ということにつながり、
それ故に、失点することを意味します。
② 精神年齢とは何か
何気なく、言葉にされる方が多いですが、
明確な定義がなされていません。
また、「年齢」と、数値に置き換えるものが名称に含まれていますが、
ならば、測定が可能なのか?
というと、そのようなものはありません
定義づけされていないものに対して、数値化も何もありません。
(原義で申せば、知能検査によって測ることが可能なものですが、
あくまで、それは年齢に見合った発達した知能化どうかを確認するものであり、
当記事における、母国語、かつ、フィクションにおける登場人物の心情理解、というものに、焦点をあてたものではありません)
故に、当記事、いえ、私の主観での、分類、説明になりますが、
精神年齢とは何か、と考えると、
他者の心情を理解できるかどうか、それを言い換えたもの
となります。
③ 他者とは、何か
これもまた、物語文を解く、というときにこの言葉使わることから、定義づけします
他者とは、実際に対面する人間ではなく、
本、テストなど、文字情報で構成された人物を指します。
故に、情報量としては、実際の対面と異なるものが多々あります。
〇 実際の対面における他者
身体(表情、体格、顔色、声音、体臭、服飾品、仕草)、精神(会話での受け答え)など、多様な、視覚情報以外からも、多くのものが感じ取れるものです。
〇 文字情報における他者
情報が断片的ながら、出題されうる箇所、つまり、心情の変化などがメインであり、それは、日常的に接する、対面における他者であれば、そうそうに踏み込まない領域での、家庭環境、生育環境など、様々な事情まで、提示された存在
であり、
文字情報で示される以上、紙面の都合、描写の必要性の有無なども加味されて、示された断片の情報の中に、無駄な要素がほぼない存在
でもあります。
つまり、普段、日常的に接している他者と大きく異なる点として、
その他者の成育歴、環境、など、
現実ならば、口外しない情報をもとに、
つまり、子どもが知る機会がほとんどないような情報をもとに、
他者の気持ちを察する必要があります
④ 物語文における問題とは、何か
学年、あるいか、テキスト、テストにより、いくばくか、
異なることが多々ありますが。
主人公を含めた他者というものの、背景を踏まえたうえで、心情を理解しているのか、確認するもの
と、定義します。
主人公を含めた他、という表現、見慣れないものかと思います
上記の③における、他者の定義は、
当然ながら、主人公にもあてはまります
まず、それを前提として、確認します。
読んでいて、主人公が、「その作品内の自分」という認識だと、
年齢・性別・外向的か内向的か、それらが、
主人公と読み手である子どもと、異なっていれば異なっているほど、
外しやすくなります。
⑤ 感情移入とは、何か
冒頭で触れましたが、念のために、その確認を
物語文を読んでいて、出来事などに対して、
主人公の反応が、読み手かつ解き手である、子ども自身と同様の反応を示すときに、主人公と一体化したような感覚になる
とします。
⑥ 「主人公に感情移入すると、解きやすくなる感覚」とは、何か、そして、その弊害は
上記内容を総合しますと、
主人公の反応が自分自身と近しく、問われる主人公の気持ちというものが、自身のものと同じだと判断し、答えを出すこと
となりましょう。
しかし、主人公といえど、自身と異なる他者であり、
出来事そのものの反応としては、同じかもしれないが、
背景を踏まえているかどうか、解き手として、そのことを忘れがちになります
また、答えがこうだと、即断、というか、自身と同じものだと仮定して、浮かぶことをもとにするために、消去法を用いて答えないために、不要な一語などがあることも、見過ごすことにつながります。
⑦ 「精神年齢が高い子どもだと、問題が解きやすくなる」とは、事実か?
ようやっと、当記事の本題。
結論としては、
事実である場合と、事実でない場合が、混在する
と、言えます。
事実である場合
上記の様々な定義に則れば、事実ということになります。
事実でない場合
上記の⑥が関わることで、間違いになることもあります。
おそらく、これにあてはまるお子様が多いです。
解き方の問題が、大きくかかわってきます。
結論として、精神年齢が高い、ということだけでは、
正解を出すことには、選択問題を中心として、やや不足している面があります
③改 他者の心情とは、何か
上記で終えてもよかったのですが、
もう少し、踏み込んで。
他者そのものが、子どもと環境が大きくことなる存在あることが、
学年が上がり、増えてきています。
背景と、称されるものです。
この背景に類するものによって、
出来事における反応としての、気持ち、というものが、
子どもと大きく異なってきます。
ざっくり申すと、
こういう事情があるならば、こういう考え・気持ちを持つだろう
という、ある種ステレオタイプ的なものが、必要です。
あるいは、
自身と異なる反応(気持ち)であることを、人物の行動などから、察し、では何か、考えること
でも、よいです。
前者は、読書、あるいは、テキスト・テストなどで、触れることで、蓄積されていくものと言えます。
これが、精神年齢が高い、と表現しうるものです。
後者は、最近の塾の説明会で好んで使われる、「思考力」・「論理力」というものに、分類されます。
さらに言えば、
前者は感覚と結びつきやすく、
後者は解法と結びつきやすいです
どちらかがあればいい、ということはなく、
両方必要とも言えます
⓪ 精神年齢が低いことに対しての、対処法
最後に。
精神年齢が低いとは、上記にある、「感覚」と、「解法」、
双方が欠けていることでも、成立します。
(すべてがそうだとは、申しません)
感覚が欠ける要因として、自身の気持ちでの判断が主体で、
解法が欠ける要因として、習っていない、定着していない、などがあり、
いずれも、現状の自分と離れることが必要となります。
前者に関しては、行動から、気持ちを判断することを、行いましょう。
出来事からの判断が、誤りやすいためでもあります。
一応、著書を紹介しておきますが、行動からの理解を最優先に。
他に手に入りやすいものがないので、たぶん、これが一番いいのかと。。。
後者に関しては、当記事の数倍の分量になりますので、
またの機会で……。。。
出張授業、随時承っております。
よろしければ、どうぞ。
…というわけで明日の記事更新お休みです。
次回更新、明後日木曜日となります。
ご了承ください。



