日々のつらつら。

日々のつらつら。

考えを吐き出して言葉にする為の雑記
歌とか発声の記事も発信していきたい…
そんな感じのゆるーいブログです。

こんにちは。

窓から入り込んでくる風が暖かくなってきて、季節が進んでる実感が何となく好き。

今、僕の家のそばにある畑では菜の花がすごくきれいに咲いていて、一生懸命に咲いた花が散っては季節の進みをまた感じて。

そういう些細な変化に少しずつ目を向けて楽しむって事が、前に比べると出来ているような気がするんだ。

昔書いていた日記の中に、「なんでもいい」って思う僕の心の流れがあって、その答えを出すときは大抵「傷つきたくない」に繋がっているって気付いたからなんだと思う。

なんでもいい、なんてことを思った時点で、僕の体を通して意識はすでにその出来事を認知していて、その認知に具体性を持たせると僕の心が傷ついてしまうから。

 

色を持たせる恐怖を「どうでもいい」って言葉で表現していたんだと思う。

 

 

ここにある「どうでもいい」って言葉の良し悪しは置いておくとして、


体を通して意識が知る

知った意識が心を通して意味を与える

意味を表現するために体が動く

 

 

この3つを「今」という状況に合わせてぐるぐる循環させている事が、

僕たち人間が「生きる」って口にする事の意味だと思うんだよね。

 

 

前の僕は「自分の目標がよく分からない」って思っていたけど、何となくだけどそれでいいんだって受け入れてる僕がいてさ。

 

なんでなんだろうって考えた時に、「やりたい」っていうより「好き」って気持ちが動く事の方が大切なんじゃないかて思ってる変化があったと思うんだよね。

 

 

ただ、「好き」って言葉を集めると、「好き」を失いたくない欲が出てきて、その好きって事を失わないようにする為には…好きな事を諦めて関わらないようにする。

 

 

自分でも酷いなぁって笑っちゃう思考なんだけど、僕はこういう事を意識もせずやってしまっていて、結果的に同じ事の繰り返しになってしまっていた節があるんだ。

 

 

ちょっと難しく言うと誅殺的な破局的思考

言ってしまえば、

 

自分の正しさに縛られて喧嘩を売るチンピラ

 

 

そんな表現になるくらいにはしょぼい自分がいるって話なんだけど、

 

そんなしょぼい僕も”僕の一面”なんだって認めた所から、なんとなくだけど停滞はしていない様な気がしているんだよね。

 


最近だと直近でやっている事はAIで遊ぶ事に興味を持って、色々調べて遊んでるんだけど、

本当に奥が深い世界で、楽しい。

心理学とか哲学とか、いろいろな知識を馬鹿みたいに集めていた自分がいるから、AIの「一つの文章を決まった解釈で読む事ができない」って部分に少し惹かれる部分があって、

その曖昧さが「僕と同じだ」って謎の共感があるんだよね笑

 

話の筋が流れたから戻すけど、こうやって好きって今言える事に繋がっている前提に意識を向けてみると、

 

AIのこういうところ「いいな」って思えたからで。

そういう興味が向いた所に対して、恐怖とか不安とかを感じて捨てるのではなく、

 

感じながら前に進んでいけたらいいなって思うんだ。

 

「いいな」て思えてるからこの道を進む。

 

自分の感じた「心」が「意識」を通して「行動」に出る。

前の自分とはサイクルが少し変わったからこそ起きた変化。

 

そういう自分をもっと好きになっていこうと思うんだ。

 

 

今日はここらへんで。

 

 

一応ネタばらしではあるけど、前二つの日記はAIに書いてもらった物で、僕の特徴をAIに認識させて、リテイク無しで文章を書かせてます。

 

今回は真面目に手書き。


書きたいと思ったことを並べ立ててみて、それをAIが書いた文と比較しても、自分でも分からんな。。。って思うのが正直な所。

 

興味ある人は一つ二つ前の日記、読んでみてね笑

状況に合わせて勝手に合わせて進化してしまうAIの思考を固定化するって遊びをやっていて、目標の為にテストした感じだったり。

楽しいと思う事は周りに理解されなくてもやっちゃうんだよね笑

 

そんな感じで毎日楽しんでます。本当の近状報告でした笑

 

じゃ、またね。

 

休止前に書いてたの、結局書かなかったなーなんて思いながら笑

 

書こうと思ってもかけなかった理由、たぶんこんな感じだろうなって書いてみた。

 

まぁ、書きたい事書いていくさw

 

では今日ものんびりつらつらと。

 


 

ゴールが見えた瞬間、ふっと力が抜けるときがある。


「あと少しだな」ってわかってるはずなのに、身体も頭も動かなくなる。


それは達成感とはちょっと違って、なんというか「もう、ここでやれることないな」って感じに近い。

 

最初は、ただのサボり癖かと思ってた。


でも、毎回じゃなくて、“終わりが見えてから”起きる感覚だから、
 

なんか違うんじゃないかって思い始めた。

 


 

僕にとって“やる気”って、きっと「関わってる感覚」なんだと思う。


考えて、悩んで、動いて、試して──そうやって“今ここに在る実感”があるうちは、やれてた。

 

たぶんこれは、意味を感じることが動機になってる人に起きやすい現象で。
 

完成が“満足”じゃなくて、“虚無”に近く感じるときって、


「もうこれ以上、関われない」っていう寂しさがあるのかもしれない。

 


 

気になって調べてみたら、


どうやら「目標が近づくと報酬系のドーパミンが落ち着いてしまう」っていう傾向もあるらしくて。


モチベーションって、必ずしも“達成”じゃなくて、“そこまでの道のり”に支えられてることもあるらしい。

 

僕が感じてたことも、あながち間違いじゃなかったんだなって思えた。


「やる気が切れる」んじゃなくて、「道が途切れた」って感じだったんだ。

 


 

そう思えたら、「終わるのが怖い」とか「意味が薄れた」っていう感覚も、


少しだけ優しく見られるようになった。

 

僕にとっての“やる気”って、完成じゃなくて、


「この先も何かが続いていく」っていう余白にあるのかもしれない。

 

完成じゃなくて、“渡すこと”を目的にしたら、きっと僕はまた動ける。

 


 

今までは、「終わらせる=終わること」だと思ってた。


でも最近は、「終わったあと、何を残せるか」が大事なんじゃないかって思ってる。

 

終わらせたあとでも、誰かに伝わるものがあるなら、


僕の中ではそれって“まだ終わってない”んだと思う。

 

そういう“つながりの余白”があるかぎり、先は続くんだ。

 

 

それじゃ、今日はここらへんで

 

またね。

久々に直近の事を書いてみようか、なんて気まぐれでめっちゃ久々の更新。


春なんだし新しい風は必ず吹くってね。

少し試したい事も含めて、読み物風味で投稿してみようと思う。


楽しんでもらえたらいいな。


では今日ものんびりつらつらと。





春の嵐が吹き荒れてたんだ。風も雨もすごくて、道路の木々は折れかけてて、いつもより帰り道も遠く感じた。


でも翌朝、地面が意外なくらいしっかりしてたんだよね。ぬかるんでた場所が、踏みしめられて、少しだけ固くなってて。


それって、なんか今の自分の心にすごく似てるなって思ったんだ。


下り坂にいるときって、ほんとうに苦しい。何をしてもうまくいかない気がして、自分の中の全部が「ダメだ」って囁いてくる。



理想は高いくせに、明確な目標は決まってなくて。高い所ばかり見ているから、いっつも落ちては痛い思いをする。


だけど、僕はその“落ちていく感覚”を、前より少しだけ受け入れられるようになった気がする。


最初は「土台」だったんだ。きっと。誰にも見えない場所で、黙って踏みしめてた足場みたいなやつ。


それが、泣いたり怒ったりしてるうちに、少しずつ固くなって、ある日ふと「今、前に進めるかもしれない」って思えた瞬間があった。






それがきっと、「土台が踏み台になった瞬間」だったんだと思う。


成功とか幸せとか、“良い状態”にしがみついてると、落ちていくことや下がっていくことが“悪”みたいに感じる。


実際そこで何を見たか、何を受け入れたか。その出来事の "自分の解釈" が “土の質” を変えていく。


良い方にも、悪い方にも、自分が "質の方向" を決めてしまうんだ。


受け入れるって、あきらめることじゃない。ただ、「そこにいる自分もちゃんと居ていい」って認めること。


とある人が言ってた言葉の通りだった。




僕は、笑いたいんだと思う。ほんとうに苦しかったとき、笑える自分になれるなんて思ってなかった。


精一杯戦って、傷ついて傷つけて、何も得るものは無くて。


戦い続けた先で「戦ったら負けなんだ」って気付けた時があって、少しだけ視野が広がったんだ。


そうしたら見えるものが変わって、そのときはじめて、「あ、もう戦わなくていいんだな」って初めて思えた。



苦労に見合った成果がなくて、同じ事の繰り返しで進展なんてなくて。


そんな無様な有様を、他誰でもない"僕"が認めていなかった。


でも、「無様な僕」も僕の一部なんだって気がついたら、気が抜けてしまって。


そこで気づけたんだ。


 力を抜いた瞬間のほうがずっと強いんじゃないかって。


 少なくとも、何処にも動けないでいる僕ではなくなっていたから。






幸せって、取り合うものじゃなくて、渡しあうものなんじゃないかなって思う。


僕はそういう幸せや笑いが回る世界にいて、いつもの毎日を何気なく過ごす形がそうであってほしいと願うんだ。


それが“循環”ってやつで、僕はそういう幸せや笑いが回る何かを、ちょっとずつ作っていきたいと思ってる。






土台は、気づいたら踏み台に変わってる。下を向いている時間が無駄だったわけじゃなくて、その下をちゃんと踏んできたから、前を向けるようになる。


いま、もし下り坂にいる人がいたら、どうかその足元に、何か温かいものを感じられるようになりますように。


僕自身も、いま少しずつだけど前を向いて歩けている。


 たくさんの感情を抱えたまま、それでも進めてる自分を、少しだけ信じられてる。 


もし、この記事があなたの一歩に少しでも寄り添えたら、すごく嬉しい。


今日はこれくらいで。またね。

どうも、お久しぶりです。

 

書こう書こうと思っててたけど、記事を書き始めるまでに掛かった時間はなんと1ヶ月…笑

 

リアルの方で色々ありすぎて、メンタルダウン含め書く気になれなかったのよね。

 

とりあえず最近の現状とかあった事、感じた事を少しずつ書いていこうかと。

 

では、今日ものんびりつらつらと。

 

 

んで、この日記を書き始める前にページを確認してびっくりしたのが、

 

前談のイイね数が18!!

 

元々見られてないつもりで書いている日記だから、

 

少しでも反響がある記事が書けているって事実が少し嬉しかったり。

 

読んでくれてた皆様、本当にありがとうございます。

 

 

集客セミナーの内容の方に踏み込む前に止まっちゃってるから、

 

そっちも時間がある時に書いていこうかな。

 

 

コンテンツ販売が作って置いてあるだけで意味があるって意味の一端を知れた気がする。

 

誰かが良いって思ってくれる機会を作る事”

 

これが商売の一歩なんだろうね。

 

 

で、メンタルダウン含めの近況報告

 

この日記で度々上がっていたお仕事の件でだいぶメンタルが持っていかれたのと、

 

それでもまぁ、色々やり合って変化も起きてきていますよ。

 

みたいな報告。

 

やり合ってって書いたけど、やり合tting なう。が正確な所。

 

 

端的に言うと、”職場崩壊”が起きていてね。

 

所属が違うから僕が巻き込まれるのは筋が違うんだけど、

 

この流れの諸悪の根源は僕。って事実に対してのケリをつけにいってる感じ。

 

 

前回の日記の中で、

 

”どうにかできる問題” と ”どうにもできない問題”を切り分ける。

 

みたいな事を言ってたんだけど、そこについて今色々してるんだ。

 

 

 

結論から話をするけど

 

”必要なのは必要な事をする事”

 

そう言う事だと今の僕なら断言できる。

 

 

”物事を±0にする事” 

 

”問題なる事象が存在しない事”

 

この二つは似て非なる物なんだ。

 

 

過去の話になるんだけど、僕は中途採用でさ。

 

社員登用の為に色々改善を提案したり、具体的に形に変える実施をしていたんだ。

 

歩留改善とか工数削減をメインでやってたんだけど、

 

人が居なかったから、おおよそ全ての仕事を覚えて”教育”をしていたんだ。

 

僕にとって”変化させる事は当たり前”だった。

 

 

そしてそれを”周囲に対して”投影している事に気が付けなかった。

 

 

派遣の頃から可愛がってくれた上司に感謝しててさ。

 

その人に恩返しがしたくて、仕事を軌道に乗せたくて、上手く行かせたくて。

 

だから頑張ってたんだ。

 

 

過去話の中で具体的に何が問題だったのかって言うと、

 

”人が居なかった”

 

このたった一つの些細な事実を問題だとして捉えられなかった事。

 

それだけの事で職場が崩壊している。

 

 

当たり前。

 

人が居なくなる様なことをしてるんだから。

 

 

そんな当時の愚かな僕が行なった事。

 

”他人の問題””僕が解消”してしまった。

 

 

間違ったやり方がまかり通ると誤認させてしまった。

 

 

それが全ての間違いの始まり。

 

 

過去の話に戻るけどさ。

 

人が居なかったから、仕事を覚えて、教育をして人を増やすってムーブをずっと続けてたんだ。

 

 

理由は簡単。

 

機械的には改善が煮詰まっていて、改善進度や設備能力に対して受注の規模が大きかったから。

 

その内設備投資が入って、投資が入った瞬間に人が必要になると思っていたから。

 

そのタイミングで人がいない状態は色々な機会損失まっしぐら。

 

人が育つのには時間が掛かるし、設備の規模が大きくなれば人員を割かなければいけない。

 

このままだと確実に失敗する。

 

 

”今の僕”なら言葉にできるんだ。

 

 

”当時の僕”はそれを言葉にする事ができず、直観で行動してた。

 

”周りの人も似たような考えだ”

 

確認もせず、そう決めつけて。

 

 

とても負荷の高い職場だから、仕事を覚える事も作業する事もすごく苦労した。

 

負荷が高くて辞めてしまうのなら、効率よく働ける様になれば人は残ってくれる。

 

そう思ってた。

 

人が居ないなら、人を育てればいいじゃない。

 

だから、ただ行動したんだ。

 

教育に関わる事の本を読んだりして知識を入れて、

 

新人が”分からない”って事を聞いて教えて、

 

分からなければ必死になって聞いたり学んだりを取り組んでフィードバックを繰り返した。

 

 

そんなことを続けている内に、”人が多くて多能工化が進んだライン”になった。

 

当時他職場に応援を出して、負荷変動に一番協力できていた部署になった。

 

予想通り、設備投資が来て、人が割かれた。

 

 

割かれた人員は僕だった。

 

 

そして、そこからが地獄の始まり。

 

人が辞めていくんだ。

 

苦労して作った環境が、無意な争いで摩耗していく様を眺めている事しかできなかった。

 

新造設備の具合も良くなくて、僕自身に時間を割けるだけの余力もなくって。

 

人員の維持ができなかったが故に、新造設備を後回しにするしかなくて。

 

 

全てが上手く行かなかった。

 

 

”人を大切にしたい。”

 

そう思って行動したけれど、

 

”この人を大切にしちゃいけない”

 

その時に感じた思いは今でも鮮明に覚えてる。

 

 

”頑張って作り上げたものを全て台無しにしやがって”

 

 

そんな感情と共に旧班長と犬猿の仲になったんだ。

 

悔しさを受け入れられない未熟な自分がいるだけだと自責しながら。

 

班の状態を見兼ねてか環境調整を入れてもらって、

 

今の班に移転したんだ。

 

 

その調整前に面談があってさ。

 

”もっと人を信用した方がいい”

 

そう部長に言われて転属したもんだから、

 

”僕は間違ったんだ”

 

”1から始めよう。”

 

 

そんな思いで転属した先の班でも大揉め。

 

 

多分”自己愛性人格障害”のお局様でさ。

 

やり方を細かい所まで強制されて、”お前は間違ってる”って内容でひたすら詰められたよね笑

 

その人の威圧的な態度が嫌になって派遣さんがブチ切れて、

 

辞めてしまうと感じたから仲裁に入ってすり減って。

 

 

正直自分を見失ったし、

 

常に否定が飛んでくるから何が正しくて何が間違いかも分からなかったし、

 

ただ、派遣さんはベテランの域に達してて、言ってる事やっている事に何も矛盾はなくって。

 

 

だからそこで初めて

 

”もっと人を信用した方がいい”

 

その言葉を疑った。

 

 

”その言葉を信じる為に。”

 

 

ここがきっと僕の内観の始点だったと思う。

 

 

この長い話の冒頭に

 

”必要なのは必要な事をする事”

 

そう結論を述べたのは、

 

”もっと人を信用した方がいい”

 

この言葉を精査し切った時に出てきた結論なんだよね。

 

結果としてはすごく残念な形で意味を汲み取る事になったけど、

 

気づけただけありがたい。

 

本当に大切な事だったってそう思うから。

 

 

軽くだけど心理学とかかじってみて、話してる内容から考えを割り出してみて。

 

その結果が”自己愛性人格障害”だった。

 

精査してわかったのは、お局様の発言は真っ黒の塊だったって事。

 

 

そのお局様は”自分は相手より高い所にいる”みたいな思い込みを多分持っていて、

 

そこを軸に考えると言動全てに矛盾がなくなるって理解した。

 

 

色々問題が起きる中で、ミスを押し付けられたり、間違った内容を吹き込まれたり、

 

手柄を奪われる事もあったし、お局様自身が評価されるようなアピールはしっかりしてた。

 

 

僕が”結果的に仕事が上手く行かなくて相対的に評価されない”状況を作る事で、

 

お局様は”僕より高い位置にいる願望”を達成してたって理解した。

 

 

そう理解したなら、問題を伝えようって頭に切り替わって、

 

問題が起きてる事を伝える

問題が起きた瞬間を伝える

問題がそのまま放置されて責任を擦りつけられた瞬間を伝える

 

 

ここまでやってみたけど、誰も動いてくれなくて。

 

もう完全に人間不信になったよね笑

 

正直全員敵に見えて仕方なかった。

 

でも、相手にも理由があるはずだって考えて。

 

 

上司の立場になって考えた時に、

 

”問題が起きても解消されていれば問題にはなっていない”

 

”伝えられた内容を精査すると、問題の規模が首切り騒動になる”

 

ってところが見えてきてさ。

 

 

 

 

前者の”問題が起きても解消されていれば問題にはなっていない”の方は

 

・僕が穴埋め役だという認識がある。

・問題があっても解消できるのなら問題ではない。

・上長本人の直接的な問題ではない。

 

 

後者の”伝えられた内容を精査すると、問題の規模が首切り騒動になる”方は

 

・善悪の判断で見た時に8:2とか9:1で悪者が決まっている

・首を斬る判断をしたくない

・問題の規模が大きい為、上長の管理的側面の不備による評価低下が確実

 

 

こんな感じで問題を捉えたんだ。

 

つまり、上長以上から問題提起をする事ができない。

 

 

この結論からさらに考えて、

 

ざっくりとだけど”喧嘩両成敗のシナリオを作れば良い”ってところが見えてきて、

 

・お局様より下にいる位置にいてはいけない。

・上長に”穴埋めをしない人”という認識を持たせなければいけない。

・上長に”こいつらが勝手にやったんだ”と言わせられる余裕を作らなければいけない。

・結果的に生産がうまくいかなければいけない。

 

この条件を満たす答えを作るって所に行動を向けたんだ。

 

 

具体的に実行したのは、

 

・擦り付けを理由に職場を分けてもらい、クレームが出ない期間の実績を作る。

・生産能率を整えて、人が減る前と減った後で差が出ていない事を証明する。

 

この前提を作った上で、お局に喧嘩を売りつけてみて。

 

買ってくれたので、晴れて僕も悪役デビュー

 

これで両成敗できるね。めっちゃ不服だったけど。

 

 

結果論でしかないけど、ここから上司が動いてくれているんだ。

 

そしてこっちの班の問題はとりあえず終結してる。

 

問題と正しく向き合えたら、”問題は存在しなくなる”ってこう言う事なんだと学んだ。

 

行動として正しいかどうかで言えば確実に間違ってるけどね…苦笑

 

 

こうやって書いてみるとやってる事が”魔境での出来事”で学んできた集客そのものじゃんYO…‼︎

 

不安取り除くと売れます!!なんて口で言うのは容易いけど、労力が尋常じゃないね…笑

 

 

お話の筋を戻すけど、

 

こう言った問題を僕が引き起こしてしまっていた理由ってなんなんだろう?

 

そう考えた時に”自分は弱者で力がない”みたいな”無価値感””無力感”からくる問題で、

 

上記の文を書いてみて改めて確信するけど、

 

 

少なくとも今現在に対しては”僕に力が無い”なんて事は絶対に無くて。

 

 

僕を利用して”自分を強く見せようとする人”に利用される事で問題が起きていた。

 

利用させなければ問題は起きない。

 

 

つまり、僕の反省しなければいけない点は

 

”無価値や無力であると言う思い込み”

 

僕の”在り方を変える”って決めた根源の部分はここなんだ。

 

 

他にも”目上の人の方が正しい”と言う思い込みもここで外れたかな。

 

 

僕とは違う考えの”同じ人間”

 

 

今はそう答える。

 

 

”どうやら僕には力があるようだ”って前提で考えた時に、

 

今までの”弱者ムーブ”には矛盾が沢山あってさ。

 

”いらないな”って判るから、その心に従って自分が変わっていくの。

 

きっとここのバランス感覚は”僕の得意分野”なんだと思う。

 

 

ようやく本当に最初のお話に戻るんだけど、

 

”この人を大切にしちゃいけない”

 

とか

 

頑張って作り上げたものを全て台無しにしやがって”

 

 

この言葉を思い浮かばせた当時の僕の心ににちゃんと寄り添ってあげていられたら

 

きっとここまでの事にはなっていなかったんだと思う。

 

 

”頑張って作り上げたものを全て台無しにしやがって”って怒り。

 

僕が大切にしたい事をリスペクトせずに傷つけられた悲しみ。

 

 

”この人を大切にしちゃいけない”って葛藤と怒り。

 

信用したいけど、行動と言葉が噛み合っていない。利用しに来ている。

 

信用したいのに信用できない悲しみ。

 

 

直感では察していたのに、自信がなかったんだ。

 

でも今は違うから。

 

 

”人が居なくなる事に向き合わなければいけない”

 

それは僕の課題じゃない。

 

 

その課題を背負う人たちの抱えている思いも多分言い当てられると思うけど、

 

”自分は悪くない” とか ”自分の言うことを聞かないから失敗している”

 

その類の言葉が返ってくるのはわかっているから、話そうとも思わない。

 

正しさなんて見る側面次第でいくらでも姿形を変えるんだから。

 

それにその意見が状況に適合しているなら、既に思い通りになってるよ。

 

思い通りになってるから崩壊している。の方が正しいかな。

 

だって、問題の軸は常に”自分が中心”なんだから。

 

 

問題の渦中に引き込まれるつもりはもう無いんだ。

 

冒頭にケリを付けると述べたのはここ。

 

 

ここでようやく近況とかメンタルダウンしてる理由なんだけど、

 

また悪役ムーブやってます。みたいな感じ。

 

対立してる彼側陣営は

 

”僕らは必死にやっていて人が足りないから生産がうまく行かない”

 

みたいな事を言っててさ。

 

そこに人の補充が上手い人を当てがおうと僕に声掛けてきたんだよね。

 

 

”根本的に”辞める理由に向き合っていない”から現状ある。

 

”辞めさせる人が居ないと僕たちのやり方ができないから人を補充してください”

 

そんな言い分に協力するつもりはない。”

 

そう上司に啖呵切って、これ以上あの班と関わるなら辞める。と伝えたのが今の現状。

 

 

条件として今を乗り切るだけの協力をする事を前提に話を飲んでもらったけど、

 

”あの班に人を関わる人を育てたくない”

 

この自分自身の思いに反して行動しているから精神的にとてもきつい。

 

 

ここら辺も当時大変な思いをして仕事を覚えた自分自身の経験を新入りに投影してるんだけど、

 

多分それに関連した罪悪感が今もあって。

 

 

僕自身でどうにかできるのは

 

”人を増やす事”

 

 

どうにもできない事は

 

”人を減らす環境を変える事”

 

 

そう認識を捉えるんだ‼︎って謎の精神的なすり減りが起きてるんだよね〜

 

信用したいけど信用できないじゃないか。

 

こんな感じで僕の心の中の3歳児さんがご立腹だと予想してる。

 

知らんけど。

 

 

とりあえず今の僕の目標は

 

”問題なる事象が存在しない事”

 

この言葉の中には

 

”関わらない”って選択もちゃんと入っているんだ。

 

そのうち”可哀想”的な感情とも向き合う必要ありそうかな。

 

 

僕が関わらない程度で崩壊するなら崩壊すればいい。

 

崩壊した後に”立て直したい”って願うような。

 

そんな人と僕は働きたいから。

 

 

変化にはちゃんと良いこともあってね

 

嫌いな事を明確に線引きしたら起きた一番の変化は

 

好きだと近寄って話してくれる人が増えたこと。

 

 

全員が敵に見えたら一人になるし、

 

好きじゃない人を見定めたら、残りは比較的好きな人以上しか残らない。

 

波長が合う人と話すのはやっぱ楽しいよね。

 

 

一人になるのは簡単だし、一人になるのは難しい。

 

そんなもんなんだなぁ〜…なんて思いながら最近は仕事してます笑

 

まーなんとかなるっしょw

 

近況報告はこんなもんかなぁ〜

 

 

教育とかその他諸々の話でリアルが動いてしまっているので、

 

また書ける時に書いていこうと思います。

 

魔境の締めくらいは書かないとね笑

 

 

長くなりましたがここまでお付き合い頂きありがとうございました。

 

気付きに感謝、明日もいい日になりますように。

 

じゃ、またね。

こんばんは〜

 

久しぶりに声かけられた友達と時間忘れるくらい思いっきり遊んでて、

 

家に帰ってきて一息ついたらこんな時間に笑

 

日記書いてないなぁ…って思ったから書いてるんだけど、

 

日付変わるまでに書き切れるかな?

 

とりあえず書いていかないと終われないし、やるだけやってみますか笑

 

さて、今日ものんびりつらつらと。

 

 

今日も今日とて”既起業者向けセミナー”に参加して来た時のお話になります。

 

話の進行として

 

・真逆の価値観を体験する事。

・やりたくない、面倒な事から逃げない事

・過去の栄光は捨て続ける事

・常に現行一致させ続ける事

・自分も大切な人も”本当の意味で最大幸福を手にし続ける事”

 

今日のお題は最後の”自分も大切な人も本当の意味で最大幸福を手にし続ける事”になります。

 

このお話を軽くまとめると、

 

”自分の持っている物でしか勝負できない”

 

”自分の持っている物で満足してもらえる人を探せ”

 

という論旨になるのかなぁ…と。

 

 

今回のセミナーは一応集客関連の手段を教えてもらえると言う内容だったのですが、

 

結局の所、お客さんが”満足”する事でリピートが発生するし、

 

満足させる過程で”自分の持っている物が不足する”と言う事実があると、

 

やはり満足度の低下につながる様で。

 

そりゃまぁ当たり前なんだけどね。

 

 

ここから先のお話はセミナーを聞いて僕が思った推測でしかないのだけれど、

 

”目標とする相手の決め方次第で方針が決まってしまう大切な部分”

 

こう言う感じの意味を言外に説明してくれてたのだと思っていて、

 

そこら辺をちょっとお話していこうかと。

 

 

この満足度っていう部分のお話になるんだけど、

 

”相手の目的”って部分がすごく大きな影響を持っている部分で、

 

それを満たしてあげられるかどうか?ってところで判断が分かれてしまうみたい。

 

 

例えば、アマゾンのレビューとかを例に出すんだけど、

 

商品の使用レビューを見てみた時に

 

”商品の欠陥を指摘する文面”

 

”サービスに付随する対応について指摘する文面”

 

ネガティブ評価に注目すると、大体この2種類に分かれると思うんだよね。

 

 

”商品の欠陥についての指摘”であるのなら、

 

欠陥に対応した旨、問題ない物を提案する旨、継続してくれた場合の謝礼

 

これを誠意を込めて伝えてみて、お客様の不満が消えた場合、

 

”縁が切れない”

 

って状況が作れると思うんだ。

 

 

つまりは自力で何か対応が出来る可能性があるってこと。

 

 

これはあくまで相手の不満点が”商品の質”って部分に不満を持っていたからって部分があって、

 

そこの対応ができるのなら、お客様は”満足できる”って結論を迎える事ができる。

 

 

逆にもう一方の

 

”サービスに付随する対応への評価”の場合

 

こちらの方はすでに厄介だなと少し感じる部分があって、

 

この現状はそのサービスの状態がどうであれ、

 

”対応が気に入らない”

 

 

商品を改善したところで、その手段ではお客の印象は悪いまま。

 

というか、商品を改善しても不満が改善できないって時点で

 

”お客さんの要望に合わない対応をしてしまった”

 

この事実は既に自分ではどうにも出来ない事。

 

 

こういう書き方をしてしまうと他責に見えてしまうのだけれど、

 

自己責任であると自覚した上で、

 

”先の例みたいな可能性をどれだけ減らす事ができるか。”

 

こういう現実と真摯に向き合う姿勢が必要になるのだと感じた。

 

 

それが故にここで”集客”って考え方が初めて絡んできて、

 

”自分の商品がどういった相手に手に取って欲しいのか?”

 

こう言った観点を突き詰めて商品設計していく様なお話に繋がるんだろうね。

 

 

その観点の対応が甘かったせいで

 

”不幸な事故が起きてしまった”

 

この現実は起きてしまった以上変えられないわけで、

 

”売り手が買い手を選ぶ”

 

こう言った対応をしない限り、この手の事故は起こり続けるんだろうね。

 

 

この結論なら冒頭に言った

 

”自分も大切な人も”本当の意味で最大幸福を手にし続ける事”

 

って考え方に矛盾は生じにくい様な気がする。

 

 

セミナーの合間の雑談的なところで、

 

”どう足掻いても穴は無くならない”とも言っていたんだけれど、

 

そりゃそうだって納得すると同時に、

 

 

”どうにかできる問題” ”どうにもできない問題”

 

 

これをどれだけ綺麗に分断するか?って所が

 

”商品売買以前の問題”

 

として課題に上がって、

 

”どうにかできる問題を解決して、より良い商品にして、作り上げていく。”

 

このサイクルをどれだけ綺麗に長く回せるか?

 

商売を作る上できっと大切になってくる事なんだろう。

 

こういう感じの考えに僕の結論は至る。

 

 

”お客様は神様”

 

 

こういう言葉を一度は誰しも聞いた事はあると思うんだけど、

 

自分には見えなかった問題を見つけて提示してくれる相手”

 

言い換えるのなら、

 

”商品をブラッシュアップする機会を与えてくれる人”

 

この捉え方をするのであれば確かに”神様”と表現するのは言い得て妙だって思う次第。

 

 

このブラッシュアップする機会を対応できるかどうか。

 

つまりは自分の能力の限界への挑戦。

 

この問題への回答次第でお客様の信頼がどうなるかが変わってしまうのだろう。

 

 

”自分も相手も最大幸福を手にし続ける”

 

”自分の持っている物でしか勝負できない”

 

この言葉はきっと挑戦を実践してきたからこそ出てくるんだろうなと推測する。

 

 

考え方のお話を優先して書いたから一度流した項目に戻るんだけど、

 

”売り手が買い手を選ぶ”

 

ここが結局一番大切って所になってくるんだって感じてるんだ。

 

 

選ぶって言い方だとちょっと誤解生みそうだから言葉を重ねてみるんだけど、

 

イメージ的には、”こう言う人におすすめ!!”って感じで提示して、

 

目に止まる層を限定する感じかな。

 

 

ここら辺を思った理由は、

 

僕が歌に関して何か書こうとした時に、

 

”誰にどの程度の何を伝えるのか?”

 

ここが全然絞り切れていなかったのよね。

 

僕の未熟さを思い知る部分なんだけどさ。

 

 

例えは”歌が上手くなりたい”って人が居たとして、

 

”何から上手くなりたいのか?”って部分的に変化を求めてくるパターンとか

 

”上手に歌うとは何か?”みたいな本質を追求するパターンがあって、

 

歌の本質を追求されると”僕では対応ができない”って現実に突き当たるんだよね。

 

 

出来ないもんは出来ないから、

 

『相手になってもらってはいけない』

 

そういう事だと僕は解釈した。

 

 

出来ない事が分別できたのなら、あとはできる事をしっかり探すだけ。

 

僕にできる事をしっかり棚卸しして理解する必要が出てきて、

 

・声に関する知識

・力みの有無の確認と呼吸の確認

・相手が出している声の聞き分け

・聞き分けた内容から、体の使い方を教える事

・音程、音色の調整

 

こう言った、具体的に僕ができる事。

 

ここが”お相手の要求とマッチしているか?”って部分が大切な所だと思うし、

 

既に相手していた場合、できないなら勉強するしかない。って事になる。

 

 

これを既に出来ている人なら、僕では相手を幸福にすることが出来ないし、

 

何か相手が持っていない部分を僕が提示できるのなら、

 

お互いに得る物がある限り”お互いに良い関係”になり続ける事ができる。

 

だから

 

”自分に出来る事しか出来ない。”

 

出来る事を増やしながら、満足してもらえる様に努力し続けていくしかないんだろうね。

 

 

自分も大切な人も”本当の意味で最大幸福を手にし続ける事”

 

これを僕なりに解釈した結果が

 

”等身大の自分をしっかり見つけて、真摯に対応し続ける姿勢その物”

 

この話を聞いた僕の結論です。

 

 

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思ったよりも長くなったけど、日付ギリギリセーフ笑

 

今日は書きたいこと書き切ったので満足。

 

気付きに感謝。読んでくれてありがとうございました。

 

それじゃおやすみなさい。

 

またね。