こんにちは
ともです


突然ですが

お土産などでいただく
お菓子の箱の


最後の1個って
積極的に
食べますか?


我が家は
最後の1個のまま
放置されることが多いんです


私は
私ばかり食べちゃまずいな
他の誰かにあげようって
感覚なのですが


先日オットと話していたら


オットは


箱を片付けたくないから
食べないんだって


!?


職場でも家でも
最後の1個が
残ったままになってるのは


みんな
片付けたくないからだって
言うの


家族3人とも


え〜〜!?
無い無い!


でもオットは


いやいやいや
そうに決まってる!


最後まで譲りません(笑)


事実は1つ
お菓子が1個残っている


そのお菓子を見て
勝手に妄想する人間たち


人間だものね〜チュー



ではでは

今日の本題

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常識を疑い始めた時に
心が緩んだ話
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前回の記事

不登校のお子さんを持つ
パパさんの言葉

「悪いけど旅行しまくった音譜

という話を聞いて
心が緩んだんだけど


そうだよね〜って
ハッとして


自分の思考がガッチガチに
凝り固まってたなー
って気付いたわけよ


その辺りから

常識って何だろう?
って

考え始めたのよね


まず

学校って何で
行かなくちゃいけないの?

勉強は
家でもできるのに……

友達だって
学校じゃなくても作れるのに……

そもそも誰が何のために
作った制度なの?

制服を着せられて
カリキュラムを決められて
右にならえ!って?

空気を読んで
大人しくして
自分をおさえて
人に合わせる?


それが協調性なの?


これが正しいの?


これ常識???


これが正しいと
思い込んできたけど


本当に正しいのか?


そもそも正しいことなんて
存在するのか?




人をコロして
英雄になれた時代があった


その時代
人をコロすことは
正しかった


一夫多妻や愛人さん
なども
オッケーだった
(今もか)


その制度を導入してるところでは
それが正しい


文化によって
正しい事が違う


そしてその正しさは
これからも変化し続けて
いくのだと思えた


だから


何が正しいかなんて
人の主観でしかない


正しさなんて
人それぞれなんだよね


でも多数決で決まった
ルールがあるところで
それを破ると
痛い目に合うこともあるから


そこは客観的に理解して


どう行動するのか?


自分で考えて
自分にとって一番いい道を
選んでいくことが
大切ではある


などなどと


こんな感じで


常識を疑い始めたら
全て
思い込みだと気づいて
(思い込まされたかな)


学校制度のことを
すご〜く俯瞰できたんだよね


不登校の子どもを持つ親として
心が楽になりましたニコニコ


あなたにとっての
学校ってなんですか?


今日は

子どもが不登校だった頃に
常識という枠について考えたことで
心が緩んでいったお話しでした


次は
何にしようかな……