学校生活 13 自ら学ぶ 

普通部の会報誌より私の文を抜粋しました

 

最近気になることがある。

 

担任の先生に催促されて労作展(作品展)に出展をする生徒を時々見かけられるということである。

 

遠い昔も作品を出さない生徒はいたし恐らく私よりももっと古い時代にはかなりの生徒が出せなかったのではないだろうか。

 

そして、特に出展の請求ということもなかったと思う。

 

今、労作展は我が校を代表する行事でり成績にこそ入らないが、出展することが「暗に最低ノルマ」になっている。

 

労作展が始まるあいだに取組の話があったり当日の係や装飾の係、目録の記入といった諸々の細かい事を学活の時間を通して担任の先生から色々と指導を受ける。

 

諸君にとってこういうことは学校生活を送る上でとても大切なことだと思う。

 

諸君が労作展という学校行事を通して保護者や学外の人との接点を図るのを教師がサポートするという事だろうか。

 

でも、昨今、そのサポートが手厚くなり過ぎているように私には思えてならない。

 

我が校の生徒のイメージは良い意味で「外に対してカッコつける」ということである。

 

それこそ今まで暴れていてもお客様の前では襟を正すというような。

 

ちょっと大人っぽく、内と外とを使い分けていた様な気がする。

 

しかし、昨今は少々、心許ない。

 

これはもしかしたら教師の過保護が原因なのだろうか。

 

また、このことは作品の質そのものにも反映している気がする。

 

先に「暗に最低のノルマ」と言ったが、これは本当は次の様に思いたい。

 

すなわち、「作品を出すことは、自分たちの権利、出展権である」と。

 

「どうだ俺の作品を見てくれ!」と言った感じで。

 

恐らくこの様な気持ちで取り組んでいる個々人、あるいはクラスは極少数であるかもしれない。

 

そうして、こう感じている者が良い作品を手がけており、また良い感じの装飾がなされたクラスののではないだろうか。

 

この感じは教師の指導だけではどうにもならない。

 

だからここで一つ「思考の方向を変えること」を提唱したい。

 

受け身から能動へと

 

勉強でも運動でも芸術活動でも、その成果はどうもこの一点に委ねられいるのではなかろうか。

 

また、学校行事とは教職員と生徒の両方の力の接点の上に成り立っているという本来、当たり前のことをここでもう一度、再確認したい。

 

二者の一方の不在では成り立たないということを。

 

この普通部労作展は75回という節目に、与えれれるのではなく自ら参加する形の、そして義務ではない、そんな「柔らかい作品展」に回帰することを願ってやまない。

 

そんなことを思いつつ次の言葉を送らせて欲しい。

 

これは文学と書物についてヘルマン・ヘッセが書いた文章であるが、「学ぶ」ということを「作品に取り組む」とうことをに置き換えて読んで欲しい。

 

「毎年、幾千幾万の子供が一年生になり、初めてアルファベットを描き、初めて綴り(つづり)を一字一字拾い読みするのを、我々は見る。

 

そして、これらの子供の大多数にとって、読めるということがきわめて早く自然なこと、ありがたくもなんともないことになるのを我々は、繰り返し見る。

 

一方では他の子供は、学校で授かった魔法の鍵を、年ごとに十年ごとに高まる魅力と驚嘆とをもって用いるのである。

 

今日でも読み方は教えられるが、それによってどんな弾力な護符(ごふ)が与えられるかに気づく者は極少数である。」

 

  ヘルマン・ヘッセ 「世界文学をどう読むか」より