先日、大学の合気道部の監督を長年務めてくださっている先生の七段位ご昇段のお祝い会がありました。

 

そこで、OB会からは花束やオリジナル刺繍入りポロシャツが贈られました。また、合気道家であり書道家としてもご活躍されている先生から、その道場生であるOBを通してなんと書が贈られました!

 

ポロシャツの刺繍には『行雲流水』、書には『心曠神怡(しんこうしんい)』とありました。

 

空を流れ行く雲のように、流れる水のように、自然に逆らわず。とどまらずよどみなく流れていく。

 

心曠神怡は、心がおおらかで、気分が良いこと。

 

宗の時代、滕子京が岳陽楼を修復した際に范仲淹が書いた「岳陽楼記」に、この楼に登れば、心が愉快な気持ちになり、栄辱を忘れ、風を受けて酒を飲むと、喜びでいっぱいになる、という内容の文があり、これを由来とする言葉だそうです。

 

約27年間、自分が学生の頃からその後現在までいろんなことがあったと思いますが、いつも学生を広い心と笑顔で受け止めてくださる、そんな先生らしい、気持ちのよい言葉だと思いました。

 

 

私自身はここ一年くらいうだうだしていて、旦那と目を合わせて会話をするのも嫌になってしまいましたが、そんなことではだめですね。持って生まれた性格ですので先生のようにはなれないにしても、接して気持ちのよい人間になりたいと思いました。

 

合気道=旦那が出てくるのでやりたくないですし、理不尽に責められたことは忘れることはできませんが、このままでは自分がろくでなしになってしまいそうなので、なにかよい意味の四字熟語で表してもらえそうな人格になりたいです(笑)

少し前の写真ですが、なんととてもきれいなハート型のじゃがいもに出会いました💛

 

今日では、「あー、AI生成ね」と思ってしまうでしょうが本物です!(もう食べちゃったし証明しようがないのですが)

 

この驚きとちょっとハッピーな気持ちをお裾分けできたらと。

 

 

年末年始の生活の乱れで少し痩せましたが、懸賞でブレインスリープの高級掛布団(軽くてとても暖かい!)が当たったのもあって最近はよく眠れて元気になってきました。睡眠大事。

 

いろいろ根に持つ性格なので去年やもっと前のことがあれやこれやとまだ心に引っかかっていて、自分なりに考えたのですが、旦那や他の人に嫌われたり失望されてでも言いたいことを言って、一度さっぱりしてこの一年を暮らしてみようと思いました。

 

 

長女は無事に就職先が決まり、来月ついにSTの国家試験です。やる時はやる子なので大丈夫だと思いますが、一応もしもの時のことも親としては覚悟しておかないとなと。でもどちらかというと就職してからの方を心配しています。

 

次女はエレキギターを始めたり、高校の友達と遊びに行ったりと、学校の課題と勉強に追われながらも楽しそうです。週一でバイトもしています。姉妹では先日ゴッホ展に行ったりと仲がよくてなによりです。

 

初詣では両親の健康と、できれば一年穏やかに過ごせますようにとお願いしました。

 

皆様もよい一年になりますように。今年もよろしくお願いします。

大変暑い日が続いていますが皆さんお元気でしょうか?自分は元気です。

 

以前の記事の締めに『6月くらいには晴れた気持ちになれるといいな』と書きましたがなんとまだお義兄さんの相続手続きが終わっていません。

 

お義兄さんが労組を通して積み立てていたお金を、間違えて相続放棄をした義母で請求してしまっていることがわかり(組合の死亡共済金の受取人が母だったので会社が同じと思

ったらしい)まだ振り込まれていないようなので手続き状況を確認しないといけないです。

 

私は相続人じゃないので、各手続きに必要なことを調べて旦那にこの書類書いてとかここに電話してねということをずっとやってきました。これが終われば今度こそ全部終わりなはず。

 

お義兄さんは一人暮らしでなにか分かるようなメモ等も残されていなかったので、各金融機関や契約状況、また労災の可能性もあったため(なにかあったとは思うのですが訴訟にするには証拠が足りなかった、近しい人達に対しては誠実で温厚なお義兄さん、弱いところをさらけ出せる人がいなかったのでしょう、同じ会社の他の人のために労基署には記録してもらいました)あらゆる情報を部屋の中やスマホの中身から拾い上げる必要があり、その過程でメールや買い物履歴などからお義兄さんはこの時一体どんな気持ちでと分かりようがないものを想像してしまい、今でも時々悔しさと哀しさがふとこみあげてきて泣いてしまいます。

 

自殺は、なぜどうして、どうして気づいてあげられなかったのだろう、自分がこうしていたら違ったのではないか・・・遺族や近しい友人は自責の念に苛まれ、現実を目の当たりにしてなおその死を受け入れることが難しいものなのだなと身をもって知りました。自分の周りでこんなことがまた起きてほしくはないし、自分もしてはいけないと思いました。