こんにちは
恋愛カウンセラーきよみです♡
リベンジポルノなんて言葉が生まれてしまいました
振られたから、腹いせに写真をばら撒く、、、
こんな行為は、身勝手で、そこに愛なんてないということは明らかです
そこにあるのは、幼稚な自己愛
では、わたしはあんなに尽くしてきたのに、、、
酷い!裏切りだ!!
わたしの人生を返せ~!!
と、振られた相手を責めるのは、どうなんでしょう?
そうです。これも自己愛です。
あんなに尽くしてきたのに、、、
わたしは本気で愛していたのに、、、
いいえ、貴方が愛していたのは彼ではなくて自分だったのです
『愛』は、常に一方通行です
自分が費やした時間と労力の元を取らないと!と『見返り』を求めたところで取り返せるものではありません
資本主義に生きているからなのか、わたし達は、どこか等価交換できるものと等価交換できないものがごっちゃになっているところがあります
等価交換できるもの、とは、例えば物をお金で買うとか
労働に見合った賃金を貰うとか
お歳暮をもらったからお礼状を書く、、、とか
同じ価値のものと交換できるということですが
では『愛』は、、、?というと
与えるだけの一方通行なものなので、そこに注いだ労力や割いてきた時間を対価として受け取れるものではないのです
同様に、誰かに傷つけられて憎しみや怒りを抱いたとします
憎しみや怒りを抱くと、かなりのエネルギーが奪われますよね
そんな苦しい想いをしたのだから、その分を何かの形で償ってもらおう
『許せない!
』『あいつにも同じくらいの苦しみを与えてやる!!
』と、
自分が与えられた苦痛を、相手にも与えてやろうと、考えてしまいます
でも、、、仮に、それで相手も同じくらい傷ついたとしても、貴方が傷つけられて苦しんだ時間が取り戻せる訳ではないのです
怒りや憎しみによって奪われたエネルギーも、対価交換できるものではありません
『愛』も『憎しみ』も、取り返せないものなのです
実はわたしは割と気が強いので(;^_^A、頭に来たらカッとなって闘ってしまったことも多々あります
その瞬間は、相手を叩きのめし、やった!勝った!!なんて満足気だったりするのですが
数日、数週間、、、と時間が経つにつれ、『傷つけてしまった人にも言い分があったのかも、、、』と、罪悪感が増してくるものなのです
自己嫌悪が始まります
かたき討ちも、きっと同じなのではないかと思うのです
憎い相手に復讐できたとしても、
その相手にも家族があって、哀しんでいる人がいるのかもしれない
そんな思考が過ぎった時に、『自分もその人と同じだ、、、』と悔やむ気持ちが芽生えてしまうのではないでしょうか
人を呪わば穴二つ
とは、よく言ったものです
愛も憎しみも、等価交換できるものではない
それを、無理して取り返そう(元を取ろう)と思うと、結局、こちらが失うものは大きくなります(だって、等価交換できないのだから)
憎しみを、憎む相手で晴らそうとしても回収できるものではないのです
でも、悔しい


同じような目に合わせてやらないと気が済まない



そう言いたくなる気持ちも理解できます
間違えてほしくないのですが、わたしは何も、その相手を許しましょうなんて言っていません
憎しみは、無くそうとしなくてもいいのです
でも、憎しみを持ったままでは辛い
その苦しみから抜け出したいと思うなら、是非、ゴールを持ってください
そのゴールが手に入るのなら、他には何にも要らないと思えるゴール
そんなゴールに夢中になっていると、本当に過去のことなんて、どーでもよくなります
そして、ゴール達成した未来から過去を振り返ると、
あの忌々しいと思っていた出来事でさえ、あの出来事があったから今がある!と心から思えるようになっていたりします
誰かを憎み、恨み、どうやって仕返ししてやろうか??ということに、心を砕いて歳を重ねるのと
ゴールに夢中になりながら年を重ねるのとでは
圧倒的に豊かさが違ってきますよ
あなたは、どちらを選びますか?
