俺は心が病んでいたんだ!~まとめ~
うつ病になるべくしてなった。そう、なるべくして...
ハードな仕事によってうつ病にはなった。
うつ病の一般的な症状も確かに該当する。
皆さんは俺の1~最終回をご覧頂いてどう感じて
くれたましたか?
俺は心が病んでいたからうつ病になたのだと
確信している。
やはり、幼少期から成長期にかけて親の愛情を
受けなければ、自我の確立した大人なることが
難しいと思う。
心の葛藤を処理することができなかった。
親にとって良い子になることが俺の役割だった。
おとなしくて良い子だった。それは違う。
反抗しない良い子だった。それも違う。
父親との会話、夫婦の仲、家庭環境がもう少し
でも違っていれば...残念でとても悲しい。
親の愛情が少しだけでもあればそれだけで...
俺の人生はどうなっていたのかなぁ?
このまま悔やんでいてばかりでは、今の俺の家族
をも巻き込み、女房・長男・長女の一生をも台無し
にさせてしまう。
次回からはうつ病になってから現在に至るまでを
こまめに綴らしてね!
~ノンフィクションなので、綺麗事ばかりの内容
ではけっしてありません~
俺は心が病んでいたんだ!~過去へタイムスリップ編・最終回~
俺は、高校2年生の時に家が嫌で離れることを決めた。
どうせ次男だし、いつかは家を出なくてはならないとうい
こともあった。
県外の大学に合格して新しい生活が始まると気分が
一新した。でも、いざ離れて生活してみると、親の有難さ
を感じ、不思議と寂しい思いになった。
そして、兄がだんだんと近い存在になってきた。
大学1年の秋に彼女(今の女房)に出会った。レンタル
ビデオ店でアルバイトをしている先輩の紹介で。4歳年
上でとても綺麗で魅力的で一目惚れした。(今は風貌
が変わってしまったけれど...)
大学生活はごくありふれていたけれど、まあまあ充実
していたと思う。なんせ風の吹くまま気の向くままで
いたから。自分が生まれ変わったように。
卒業後は、彼女の家業を継いだ。
ここから忘れていた過去の病んだ心で本当の醜い
自分の姿に舞い戻った。
俺は学生気分が抜けず、世間の厳しさと現実を知らず
にいた。商売を教える彼女の父親は厳しかった。
俺は抑圧された思いだった。そして、また反抗できない。
ただイジケて捨て腐れることしかできない。
ストレスの捌け口は、一番立場の弱い彼女にいった。
父親の文句をいい、自分を正当化し、彼女をなじった。
俺が24歳で彼女が28歳で結婚した。
自分で思う通りにいかないと、すぐにストレスを女房
にぶつけた。訳もなく執拗になじるよう神経症的にいつ
まで責め立て謝らせた。女房のせいで俺の気分がく
ずれたという妄想にかられていた。
そういう時はいつも女房は泣いていた。その姿を見て
憂さ晴らしをしていた...それが楽しみだったのかも?
女房は今でも言う。私の新婚生活はなかったと...
4年後に長男が生まれ、その頃からから少しづつ
女房をいたわり家庭を大切にしようという気持ちが
芽生えてきた。
俺が育った家庭環境と同じにはするまいと決心した。
自分で言うのも何だけど、育児にはよく協力した方だ
と思う。
3年後に長女が生まれた。
この間、女房の両親と同居をしたがうまくいかなかった。
不満は女房へ以前と同じくぶつけてしまった。
そして、行き詰まりアパートへ越して4人になった。
その頃、家業から転職して会社員になった。
会社の仕事も好きで一生懸命に働いた。
実績も認められていたので、身の程をわきまえずに
調子に乗りすぎてしまった。これが落とし穴であった。
自分が一番であると思い込み傲慢になっていた。
入社して3年で昇進し、俺についてこいとばかりの
意気込みだった。でもそんな傲慢な俺についてくる
人はいなかった。そう、総スカンをくらったのだ。
入社してから3年間は帰宅の時間が午前12時を
過ぎていた。体力も限界にきていた。
その最中、研修と自分と全体の仕事を抱え込み、総ス
カンと非難を浴びて、身も心も疲れ果てていた。
気力を振り絞って頑張った。
でも、突然起き上がれなくって気力が落ちてきた。
自分でも訳が分からなくなった。
女房のすすめで病院に行ってみた。最初はまず内科
で診察したけどすぐに精神科に行くように告げられた。
言われるがままに近くの精神病院に行ってみた。
軽い心理チェックを兼ねた問診票を書いた。
不安がつのるままに診察室へと...
うつ病と診断された。
心悲しさと原因が分かった安堵感が入り混じった。
ここからが苦しみと辛さの序章だ。
ここまでの過去を振り返ると、俺はうつ病になるべくして
なった。そう、なるべくしてだ...
うつ病は診断された病名であって、本来は心が病んでい
たのでうつ病にったのだと思う。
これで、うつ病までのタイムスリップ編が終わりです。
でも、うつ病になったからには治さなければ...
それでは、また次の機会に...
俺は心が病んでいたんだ!~過去へタイムスリップ編3~
俺の育った家族構成やら家庭環境を打ち明けるの始めてだ。
今までどんな親しさを感じた人にさえにも...
心が重くて苦しくてだめだった。
お爺ちゃん、お婆ちゃん、お父ちゃん、お母ちゃん、お兄ちゃん、
身体障害のある叔父さんの6人で暮らしていた。
俺が物心ついたのは、小学校4年生の頃かなぁ。
そこまでさかのぼると、俺の今の性格が自分自身で納得できる。
今思い返すと、本当に不思議な家族だと思う。
お母ちゃんは、家族で孤立していた。お婆ちゃんとの確執、身体障害
の叔父さんの世話、お父ちゃんとの不仲。
まず、全員がそろってご飯(特に夕食)を食べた記憶がほと
んどない。たかが、ご飯と思うかもしれない。でも、家族で
食卓を囲むことは、そこに会話が生まれる。そして絆が深まる。
ごくありふれた風景なんだけど。
お父ちゃんは、仕事で家を空けることが多かった。(今思うと、
仕事仲間と飲みに行ったり、マージャンをやっていんだろう。)
俺とお兄ちゃんは7歳はなれている。(歳がはなれているため
に兄弟という感覚がぜんぜんなかった。)
残念に思うことは、お兄ちゃんと兄弟関係が築けなかった。
小さい自分にとって身をおく場所を探しながら日々を送っていた
んだ。家の中では良い子を演じていなければ受け入れてもらえ
ないと感じ、そういうアンテナを張り巡らせていた。。だから、健全な
心が育っていくわけがない。
小学校の時は、クラスで男女関係なく弱そうな人を見つけては陰湿に
いじめていたりした。そして、仲が良かった友達が自分の思うように
なってくれないと今度は無視をして気をひこうとする。
要は、人との自然な心の葛藤を表現できずにぶつかっていけない。
でも家の中では、親のいうことをきく良い子であった。
そう、俺には反抗期もなかった。
といゆよりも、反抗できなかった。良い子でいたかった。そして、
俺が反抗すれば、孤立していたお母ちゃんがかなしむだろう、
お兄ちゃんに怒られるだろうという思いで封印されていた。
お父ちゃんとの会話なんて記憶がないので何を考えているのか
さっぱり分からなかった。
中学生になって、自分の家庭と友達の家庭の違いを感じ、ショック
だった。家族みんながばらばらだということに気づいてしまった。
家はテレビで見る家庭と遥かに遠い。
友達いて楽しかったが、友達関係といえば小学生のときと同じで
自己主張もできず、嫌になると無視をして自分に気を引こうとする
行動しか取れなかった。
でも、家の中では反抗もせずおとなしくて良い子だった。
これだけではまだ皆に理解してもらうに足らないと思う。
まだ綴りたいことはある。また、別の機会に違う形で綴らせて
もらいたい。
幼少期の成長過程での過ごし方は、年齢に係わらず必ず性格に
反映されてくると信じている。
そう、自分の家庭が普通でないと感じた時から、“さざえさん”が
嫌いになった。そして日曜夕暮れの静かさに寂しさを覚えた。
そして、自己否定的な性格になっていった。
次の、タイムスリップは大学生活からうつ病になるまでを振り返って
みようかな。ということは、シリーズ最終回だ。
