怒りが滲み出す…
いつもイライラしている人をあるところでいつも
見かけるのですが…
多分腹の中には「いることを認めてもらいたい」こんな人がいる…
って思います。
その方のプロフィールは分からないのですが…
早く仕事を終わらせたい
早く、早く
と焦りと
憎しみにも似た
大きな声
自分軸のみの発言(相手が自分と同じだけ分かっていると思っている)
そこは関所のようなもので
そこを通らなければ行きたい場所に
いけない場所ので
はああああ
といつも嫌な気持ちになります。
(本当をいえば営業をかけたいくらいです)
でもそれってなぜそこにあるのか。
なぜそれが気になるのか。
簡単に言えば
私の中のエゴが刺激されるから
だと思います。
他人の課題に干渉したくなったり、
自分の被害者意識を刺激されたり。
羨ましさも。
その方が怒っていて幸せかどうかは
分かりませんが、
少なくともみんな嫌だからあまり近づかない、という雰囲気…
仕事もその人を迂回することが
多いんじゃないかな。
なんとなく観察していると、ですが…
私は昔からやらなくていいいじめられ役という名のサンドバッグをやってきましたから
いつもジャイアンみたいにできるのはやりたくはないけど羨ましくはあります。
(これが正義の名の下だとできちゃったりして、
私も幼い頃一時期掃除をサボる男の子たちを成敗していました…掃除なんて適当にやればよかったのでしょうが、真面目にやるのが当たり前だと思っていましたから、やらない人が腹が立ったのですね。今思えば悪いことをしました)
また
怖いから鎌を振り回す
もあるかなあ…
と思います。
その怖さと
周りの人の怖さが引き合っていつもそこは恐怖の儀式?の場に…
(いやオーバーに言うとですが…)
斬首場とも言えるかな?
どんなネタで今回は切られるか分からない場所…
という感じです。
ひっ
こわっ
でも
そんな怒りや恐怖と共にいると…
どんな切り口でくるのか
今度は何をツッコムのか…
周りが罪人にみえるのかもしれないなあ…
あの人はそうか正しいと思うからあそこまでやり切れるのかなあ…
とか
そんなことを思いながらいたら
だんだん楽になってきました
実は自分のなかの感情も共にいると色々なことが見えてきます。
自分のなかの要素がその人を見せている。
今日は自分のなかの怒りと恐怖
について
考えてみました
セッションのお問い合わせ、お友達になってもいいよ〜という方は