バルドーの導きくらい怖い話でした。『凶悪』 | YUSUKE(繰栖良)のブログ

YUSUKE(繰栖良)のブログ

ブログの説明を入力します。

『凶悪』をDVDで。カルマの物語である。と思った話。


死刑囚・須藤の獄中からの告発で、主人公が隠ぺいされた連続殺人を雑誌記者が解き明かしていき、真犯人を告発する話。


ひとまず原作はわきに置き、映画の物語。


主人公は記者であると同時に、認知症の母親と、それに板挟みにされる妻とで家庭崩壊寸前という事情を抱えている。
その隠匿された殺人事件の被害者は、よりどころのなくなった老人である。
土地ブローカー・木村が、借金をかかえた老人をあぶりだし、保険金殺人をもくろみ、みずからの土地を死体処理に用いる。


めずらしく、主人公の対比像がふたつもある。


人格面では須藤であるが、殺人事件を追っていくうちに主人公が須藤と同化していく。
須藤は面倒見はいい。自分の思うところにある人間に対しては、温和な態度をとっているが、これは主人公の須藤に対する感情と同じである。
そして、主人公は「あなたは生きていてはいけない」と須藤につきつける。

知らない間に、彼はみずからのカルマにとらわれる。それを木村に突きつけられる。
「私を殺したがってる本当の人間は……(お前だ)」と。


もうひとつは、父をころしてくれと木村たちに懇願した一家である。
これは主人公の家庭の対比であり、そこはかとなく主人公がかかえていた(母がいなければ記者をやりつつ妻とうまくやれるのに……という)葛藤である。
そして主人公は、母親をホームに入れてしまうのだが、「ぶっこむ」ことのもう一つの表現になる。


カルマとは仏教用語で、生前の行為を意味する言葉である。


そして、木村は最後にキリスト教徒になる。「主は仰せられた。生きて罪をあがなえと」

木村は「ぶっこみつづけた」カルマから解脱した。という皮肉なオチ。

一方、主人公は「相応の罰を受けるべき」という、カルマに突き動かされ、永遠にとらわれる。
主人公はその事実を木村に突きつけられることで、絶望に伏す。
(カメラはゆっくり主人公が闇に飲まれるようにしてはなれていく。)


この対比が面白いです。傑作。


しかし、同時期にこれまた仏教的な要素を多分に含んだ『まどか☆マギカ 反逆の物語』が公開されていたのはなにかの因果かなあ。


あ、ちなみに私は自然信仰派です。