市川橋遺跡で平安時代の道路(幅約6.5m)の交差点跡2か所や祭祀(さいし)用に埋められた土器などが発見された。
 同遺跡は多賀城跡(国特別史跡)の南にあり、その一部と思われている。[毎日新聞]


● 多賀城(たがじょう) ●
 古代、陸奥にあった城柵(じょうさく)。宮城県多賀城市所在。724年に大野東人(おおののあずまひと)が築城し(それ以前にも柵は存在)、762年に藤原朝狩(ふじわらのあさかり)が修築、陸奥国府と鎮守府が置かれ、東北統治と蝦夷征討の拠点となったが、鎮守府は802年に造営された胆沢城(いさわじょう)に移された。城跡は国指定特別史跡。(「歴史チップス基礎用語集」より)