ぐるっと回った感。というのが、最近の感慨。
最近知り合った方のために、てんころりんて、どんなひと?をあらためて。
小さなころから感受性が強く、
思春期からいろいろなことに違和感があり、
原因不明の恐怖症に長年悩まされつづけました。
理解してくれるひとがそばにいないことが悲しくて、
心理職になりたいと、大学は、心理学へいきました。
卒業するときは、狭き門のいろいろな試験に落ちまくり、
その翌年もチャレンジするか迷いましたが、
でも、当時のわたしって、とっても危うすぎて、
このまんま人の面倒なんか見ちゃいけないと思って、
社会経験が必要だと思って、企業人になりました。
そこからひとりで生きていくために、かなり長い間勇ましく働きました。
どこへ行っても定着できず、
あれこれと追い出されるようにやめることの多かった20代。
何らかのエキスパートになったほうが幸せだと確信をもって、
30を前に、どう進むかもう一度選択。
戻る?企業人で居続ける?
結局産業カウンセラーの資格とってみて、
ずっとやってきた食のプロとしてその道をまっとうしようと決め、
フードコーディネーターになりました。
このころから商品開発になり、、
コンビニのメニュー開発プロジェクトの渦中にいましたが、、
働きすぎてうつになり、
燃え尽きて、
人の中に入っていけなくなりました。
2年間の終結までのカウンセリングを通して、
知能言語にまったく問題はないが、
かなり能力に特長のある凸凹があることが
わかったのもこのころ。
「ひとりでは生きられない」ことを痛感し、
「できないことをひとに助けてもらえる人になること」を決意して、再就職。
毎日を生き延びるために、
食事、身体、コーチング、あらゆるサポートの手段をやってみる中で、
その中にフェルデンクライスがありました。
最初のころは、日々生き延びることでせいいっぱいで、
休日は倒れるように12時間とか寝ていました。
けれど、就職した健康産業で、
はじめてボスと職場に恵まれて、、
自然食の世界で、
企業内のフードコーディネーターとして、
メーカーから販売までをつなぎ、全国を駆け回り、
安心安全な食べ物の普及に情熱を燃やしていいました。
自分の思いをどうしても伝えなければならない局面の毎日で、
コミュニケーションを徹底的に鍛えられました。
日々の食べ物の質が変わりました。
仕事と、フェルデンクライスの週一回のレッスンのいききを5年間。
東洋思想を食事を通して体系化した
マクロビオティックも徹底的に勉強する機会に恵まれて、
実践をする中で、意味んなく生まれてくる生命はないこと、
自分自身も生かされていることが深く落ちました。
けれど、
渾身働いた企業は倒産し、企業人としてはそこでおしまいです。
身体と、食と、コミュニケーション、メンタルのありかた、
特に、フェルデンクライスでは、
結局のところ、やっていることが
かつて学んだカウセリングのプロセスと限りなく近いことに気づき、
誰しもが、わたしを「ダイナミックに変わった」「別人のようだ」
という変化をとげたのがおもしろくて、
フェルデンクライスの教師になりました。
そこからは、個人のサポートをしています。
・・・・・という、意図的にかなり無味乾燥な書き方の略歴ですが。
今は、
自分の中のダークサイドも、やっと浮上して、
(これは近いうちに書きたいと思います)
浮上したら、結局のところ、
古臭い言い方だけど、わたしたちは生かされていること、
見えないものにまもられていることが法則であると信頼ができました。
やっと、
どこかで、やっと、本当の意味で、私が
何かを必死にとりにいかなくても、
私自身のありのままで、
人のサポートをしていいときがやってきたよ、という声がしてるのです。
穏やかに。
身近なひとを大切にしながら、
ひとが死ぬまで発達し、成熟しつづけることを信頼し、
今いる場所で、
自分の力を発見すること。
不可能を可能にすること。
あらゆるひと、特に女性が、
才能を発揮して生きられる世界をつくること。
それが私の願いです。
ということで、
最近、
Pippi Gardenと、庭をもうひとつ持ちました。(架空ですよ ^^)
Gardenという言葉が好きです。
みんなが自由に遊ぶ場所。
Be Matuer
GardenMatuerとは、「成熟」という意味。
ひとは、死ぬまで変わりつづけ、発達しつづけるのです。
フェルデンクライスでももっとも理想的なひとの姿であります。
ずっと本物のみんなのあつまるお庭やツリーハウスが欲しいといってきたけど、
わたし自身がお庭になりましょう

。
